2017年「韓国文学」の出版状況

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2017年「韓国文学」の出版状況                                        舘野晳(翻訳家・出版文化国際交流会理事)

 「週刊読書人」(17.12.22)の「韓国文学回顧」欄に、「胸踊る豊作の一年」なる見出しが踊っていた。果たしてそうだったのか。2017年に出た「韓国文学」の翻訳を中心に、その辺りを探ってみよう。まず、これまでとの違いは、版元に晶文社と白水社が加わり、この部門でお馴染みだったCUON、新幹社、かんよう出版、書肆侃侃房、平凡社、現代企画室、論創社、講談社、藤原書店などとともに、韓国文学の出版市場を賑わせ、活性化させてくれたことだ。

 「小説」の新刊は20点(23冊)だった。①ハン・ガン『ギリシャ語の時間』、②パク・ミンギュ『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』、③キム・エラン『走れ、オヤジ殿』、この3点は晶文社の「韓国文学のオクリモノシリーズ」(全6冊)に属する出版で、いずれも韓国文学のイメージを変える創造力と意外性を持つ作品だった。④パク・ミンギュ『ピンポン』は、これまで韓国文学とは無縁だった白水社が「エクス・リブリス」シリーズの1冊に入れて刊行したもの。かくしてパク・ミンギュ作品は、この3年間に4つの出版社から4点(ほかは『カステラ』[クレイン、2014]と『亡き王女のためのパヴァーヌ』[CUON、2015])が出版された。いつもながら著者の小説手法は奇想天外で、読者をたっぷりと楽しませてくれる。⑤姜英淑『ライティングクラブ』(現代企画室)は、同じ著者の『リナ』(同、2011)に次ぐもので、今回はソウル桂洞を舞台に母と娘のあいだの感情のゆらぎ、とまどいがきめ細やかに描き出されている。
 他方、⑥李箕永『故郷』(平凡社)は、朝鮮文学史上では不可欠の1冊。2005年に始まる「朝鮮近代文学選集」(全8巻)は本書でようやく完結をみた。訳者と関係者の方々のこれまでの尽力に感謝したい。今後、このように配慮の行き届いた選(全)集の刊行はあり得るのだろうか、将来に属することだが、いささか気になる。⑦朴婉緒『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』、著者の自伝3部作の2冊目、残りの1冊もどこかで出版してくれないだろうか。⑧李吉隆『満州夫人』、物語の展開が高まったところで続編(年内刊行)へ。この2点は大阪で奮闘する「かんよう出版」による刊行である。
 また、⑨李炳注『関釜連絡船』(上下、藤原書店)は、植民地時代に生きる朝鮮青年の群像が登場、深みがあり読み応えは十分。昨年度の収穫の1冊に挙げたい。⑩チョン・ユジョン『七年の夜』、⑪金呂玲『優しい嘘』、この2点は書肆侃侃房(福岡)。巧みに韓国社会の断面を切り取っている。⑫チェ・ウンギュ『オクニョ運命の女』(講談社)、周知のテレビドラマを愛好する方々向けの1冊。⑬キム・ジュンヒョク『ゾンビたち』(論創社)は、『楽器たちの図書館』(CUON、2011)で、韓国文学の新しい可能性を示した著者初の長篇小説。読者を飽きさせない斬新な試みと筆力は相変わらず健在である。
 さらに、次の2点が「新しい韓国の文学」シリーズ(CUON)入りを果たし、これで同シリーズの作品数は16点に達した。⑭金英夏『殺人者の記憶法』、「アルツハイマーにかかって記憶力を失いつつある70歳の連続殺人犯」が主人公という思いがけない設定で、韓国ミステリーに新境地を開き、映画化もされて好評だった。近く日本でもソル・ギョンギュ主演の映画が公開される。⑮片恵英『アオイガーデン』、本の惹句に「猟奇的な想像力で紡がれた8つの物語」とある。その期待は十分に満たされたようだ。⑯〜⑱は朴景利の長篇歴史小説『土地』、2016年に刊行を開始し、全20巻での完結する予定。2017年には3〜5巻を刊行、いまや、この壮大なドラマの舞台は、遠く中国間島へと移り、物語は新局面を迎えた。以後、毎年2〜3巻を刊行していくという。

 大衆娯楽作品には、⑲ニューミクスト・ET『新感染ファイナル・エクスプレス』(竹書房文庫)があり、こちらも映画化されて観客を魅了した。⑳『越えてくる者、迎えいれる者』(アジアプレス・インターナショナル出版部)は、脱北作家6名と韓国作家7名執筆による共同小説集、民族分断が朝鮮半島に暮らす人々に与えた傷跡を改めて認識させてくれる。
 「詩」部門は意外に少なく、『文炳蘭詩集、織女へ・一九八〇年五月光州ほか』(風媒社)、都正煥『満ち潮の時間』(書肆侃侃房)の2点だけだった。「評論・エッセイ」は5点、姜仁淑『韓国の自然主義文学:韓日仏の比較研究から』(CUON)、趙恵蘭『韓国古典小説の女たち』(新幹社)、金哲『植民地の腹話術師たち』(平凡社)、高秉権『哲学者と下女』(インパクト出版会)と、いずれも粒ぞろいの作品が発刊されている。

 日本語による研究、評論、ルポとしては、多胡吉郎『生命の詩人・尹東柱「空と風と星と詩」誕生の秘蹟』(影書房)、呉文子『記憶の残照のなかで』(社会評論社)、佐野洋子・崔禎鎬『親愛なるミスタ崔——隣の国の友への手紙』(CUON)、 中村一成『ルポ・思想としての朝鮮籍』(岩波書店)の4点に留まった。
 なお、「満州開拓文学選集」(ゆまに書房)の第7巻に、張赫宙『曠野の乙女』(初出は南方書院、1941)が復刻収録されて発売された。この作品は著者の「満州」視察に基づき、間島(現在の延辺朝鮮族自治州)で生きる朝鮮人農民の暮らしぶりを描いた作品(日本語で執筆)。当時「満州」に「移住」した朝鮮人農民をめぐる状況を知るには最適の手引きになるだろう。これまで読む機会に恵まれなかった作品である。同じゆまに書房からは、いま「近世日朝交流史料叢書」(全5巻)の刊行が開始されており、その「1」にあたる『通訳酬酬』(編集:田代和生)が出たことも記録して置きたい。
 以上見たように、2017年は「胸躍る豊作の1年」と言い切るには遠いが、多様なジャンルの個性的な作品が刊行されたことは認めても良いだろう。韓国文学の魅力を発見した新たな読者が誕生しているのも事実である。各地で「韓国文学フェア」を繰り広げる書店も見られるようになった。こうして「何やら韓国文学が面白そうだ」と、一般社会の印象が広まっているのはうれしいことである。 (『出版ニュース』2018年2月上旬号掲載)                                   

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ピンポンライティングクラブ表紙李箕永『故郷』

アオイガーデン殺人者表紙

土地3巻土地4巻土地5巻

優しい嘘7年の夜表紙満ち潮の時間