実践する人文学カフェ「百年魚書院」(韓国通信)

1120ロゴ

 小さな印刷会社が立ち並ぶ釜山市中区東光洞に「百年魚書院」というブックカフェがあります。代表を務める詩人のキム・スウさんが2009年にオープンしたもので、これまで人文系の講座やトークイベントなどを数多く開いてきました。今年11月の翻訳詩の朗読会「訳:詩」もここで開催されました。

 キムさんは若いころ、サハラ砂漠に位置する西アフリカのモーリタニアやカナリア諸島で十数年暮らしました。1990年代半ばに帰国したとき、故郷・釜山の変貌ぶりに驚いたといいます。特に、釜山駅や釜山港といった交通の要にも近く、かつては市庁舎や新聞社、出版社、印刷会社などが集まり釜山でもっともにぎわっていた中央洞の衰退が顕著だったそうです。98年に市庁舎が現在の場所に移転し、海雲台やセンタムシティといった新しいエリアの開発が進むにつれ、中央洞をはじめとする「旧都心」の空洞化はさらに進みました。

 帰国後まもなく詩人としてデビューしたキムさんが、中央洞の隣の東光洞に人文学ブックカフェを開こうと決意したのは、文学の力で旧都心に活気を取り戻したいと考えたからでした。

1123店内1

 百年魚書院が基本理念としたのは「歓待」です。かつて村人が旅人に一夜の宿を貸し食事でもてなしたように、訪れた人が自己を見つめられる空間を提供し、疲れを癒やして再び旅立てるように手助けしたい、そんな思いが込められています。

 その理念のもと、文学や歴史、哲学、宗教、思想、音楽、美術、舞踊、映画、旅行、生態、環境といった多彩なテーマの「人文学講座」を開き、読書会や討論会も多数、開催しました。そうした講座はブームとなってあちこちで開かれるようになりましたが、やがて予期せぬ現象も起きはじめました。普段ほとんど本を読まない人たちがただ流行にのって「講座通い」をするようになったのです。キムさんは人文学が「消費」されている現実に危機感を覚えました。いくら講座を聞いても省察しなければ意味がない、表面的な知識はむしろ誤った理解を招く、実践できない知識はゴミに等しい、とキムさんは考えます。そこで、それまでの講座中心の活動から、自分の考えを自分の言葉で書き表すことを促す活動へと方向転換しました。文章を書くためには自分の考えがなくてはならず、自己を見つめ、実践していくことが求められるからです。

 現在、詩や散文を書く授業をレベル別に開いていて、授業の様子を記した本や百年魚書院の活動を記録した季刊誌なども発行しています。参加者は当初、30〜40代の女性が多かったそうですが、徐々に年齢層の幅が広がってきたといいます。

1123季刊誌

 

 

 

 

 

 

 百年魚書院という名のとおり、店内の壁には大きさも形もさまざまな百匹の木製の魚が「泳いで」います。韓国中部の山里の築百年近い古民家が取り壊された際に出た廃木を、キムさんの知人の彫刻家が魚の形に整えたものです。それぞれに書かれた一文字の漢字は、百年魚書院の目指す人文学的意味を表しているそうです。木や家という地面から「垂直に」立つ存在だったものが、魚という「水平に」泳ぐ存在となってよみがえったのです。この魚たちのように、忘れられ、捨てられたものがよみがえり、新たな名前と価値を手にすること、それが真の人文学だとキムさんは考えます。(文・写真/牧野美加)

1123店内2

1123店内3

 

 

 

 

 

 

百年魚書院

住所:釜山市中区大庁路135番ギル5、2階
電話:051-465-1915
営業時間:10~18時(土曜日は11~21時)
定休日:日曜日
メニュー:伝統茶、コーヒーなど3千~5千ウォン