ふるさと写真館

l9788956602776
原題
고향사진관
出版日
2008年12月22日
発行元
ウネンナム(은행나무)
ISBN-13
9788956602776
頁数
275
判型
A5

高齢化が進んでいる日本では、介護問題は他人事ではなく、どの家族にも起きうるものです。日本を上回るスピードで高齢化が進んでいる韓国では、まだ介護について行政よりも家族に依存しやすく、日本以上に大きな社会問題となっています。今週は、『日本語で読みたい韓国の本-おすすめ50選』第2回から、小説『ふるさと写真館』をご紹介します。父の介護に直面する家族の日常生活を描き、介護を通じて、家族の絆とは、人生の幸せとはを考えさせてくれる小説です。

●概略

本書は著者の友人、ソ・ヨンジュンの物語である。
除隊後には復学し、夢を追うつもりだった25歳のヨンジュンは、除隊を目前にしたある日、父が倒れたという知らせを受ける。脳卒中を起こした父は植物状態になり、長男であるヨンジュンは自分の夢をあきらめ、父が築いた写真館を守ることにした。
長男としての責任感から店を継いだヨンジュンだったが、家族に対する責任の重圧のため、日に日に痩せ衰えてゆく。しかし時が流れ、家族の存在は重荷ではなく、幸せそのものであることに気づく。
母を中心とした介護生活は17年間続き、父は家族に見守られ穏やかに息を引き取る。やっと自己を振り返る余裕ができたヨンジュンだったが、彼の体はすでに肝臓がんに侵されていた。一見、無念にも思えるヨンジュンの生涯だが、父を看取り、子に看取られる身になる中で、家族への愛、家族から受ける愛を再認識し、幸せな最期を迎える。

●各章のあらすじ

 大学を休学し兵役に就いていたヨンジュンは、除隊間近のある日、父危篤の知らせを受ける。脳卒中。幸い命は取り留めたが、意識は戻らず、植物状態となってしまった。ヨンジュンは大学を休学したまま、父が築いた「ふるさと写真館」を守ることにした。
 母が父の介護と家事をこなし、ヨンジュンは写真館を守る日々が続く。ある日、母がヨンジュンに見合い話を持ってきた。相手の女性ヒスンは、介護が必要な父がいることを知りながら、その苦労さえ厭わない献身的な女性だ。息子である自分でさえ耐えがたい介護生活を、出会ったばかりの女性に強いることは心苦しいが、自分の結婚を望む母の願いに応えたい思いと、母の負担を軽くしたい息子としての思いも抱え、葛藤するヨンジュン。母もまた、息子が父の介護のために夢も捨て、恋の一つもしないまま見合い結婚に踏み切ろうとしていることに心を痛めるのだった。
 妻と日帰り旅行にさえ行けず、鬱憤晴らしといえば友人と酒を飲み交わすだけ。父の臨終に立ち会えないことを恐れるヨンジュンは、そんなときさえも自分の居場所を妻に知らせることを怠らない。長男として弟たちの結婚の世話をし、弟の借金を肩代わりし、苦労を一手に引き受けながら、父の代わりに家族を必死に守るヨンジュン。
 17年の月日が流れた。父の体は衰え、歯茎も傷んできた。歯茎の治療薬を使おうとするヨンジュンを、母が制止する。17年。もう、やるべきことはすべてやった。これ以上、積極的な介護は必要ないというのだ。何より、17年もの長い月日を耐えてきた夫自身がつらいはずである。その夫を引き留めるのは自分たちの欲である。介護生活を強いている後ろめたさから、いつも息子に気をつかってばかりだった母が、毅然とした態度で、父を見送る準備をするようヨンジュンに指示する。そしてヨンジュンの父は、家族に見守られながら息を引き取った。
 数カ月が経ち、ヨンジュンの家族に日常が戻ってきたころ、ヨンジュンの体に異変が起きる。顔色がずいぶん悪いと心配するヒスンの勧めで検査を受けたところ、末期の肝臓がんであることが発覚する。
 ヨンジュンの病状を知っているのは、友人のジェスとヒスンだけである。彼は、がんであることを他の誰にも知られずに逝くことを願った。みじめに衰えていく姿を見せることも、憐みの視線を向けられることも嫌だった。
しかし、日に日に病状は悪化し、家族に隠しきれない状況になる。母は、自分がヨンジュンを介護生活に縛りつけたせいで、心労により病に侵されたのだと自責の念に苦しむ。それでも彼女は、ヨンジュンが安心して逝けるよう、涙を流すのは今日が最後だとヒスンに言い聞かせる。
 ヨンジュンは写真館から姿を消し、自宅に身を潜めるようになった。次第に衰えゆくヨンジュンの姿を見ながら、母もヒスンも気丈に振る舞い、娘のヘジュさえも父の前では笑顔を見せようと努めた。
 夜半の静けさの中、ヨンジュンは眠っているヒスンに声をかける。その「時」が近づいているのだ。ヨンジュンは、自分を病院に連れて行くようヒスンに頼む。ヒスンの押す車いすに座り、思い出が詰まった家の中を見て回り、母にも別れの言葉を告げる。病院のベッドに横たわり、子供たち一人一人に最後の言葉を伝えるヨンジュン。子供たちは涙を流しながらも、気丈に父の言葉に耳を傾け、子供なりの頼もしさを父に見せる。そして、ヨンジュンが最後の力を振り絞って遺した言葉は「おまえ……」という妻を呼ぶ一言だった。

●試訳

「父さん、時間を下さい。いくらつらくても、僕に時間を下さい。父さんからもらった愛を、いくら頑張っても同じだけ返すのは難しいけれど、半分だけでも返したいんです。父さんが作ってくれた、幼いころの楽しい思い出、今はもう父さんと一緒に山や川に出かけて思い出を作ることはできなくなったけれど……そうだ、父さんと一緒に、荘厳な夕陽に照らされる広大な湖を眺めたいですね。父さんは僕になんて言ってくれるでしょうか? 僕はまだ夕陽を見ても特別な感動もわかないのですが、そんなことも父さんから学んでおけばよかったですね。父さん、こんなに突然倒れるものだから……なんだか罰を受けているような気分です。まだ父さんに何もしてあげていないくせに、ひょいひょい結婚なんかしてしまったから、怒ってるんじゃないかと思って。父さん……そんなことないですよね? 怒ってないなら、もう目を覚ましてください。僕よりも妻が苦しんで、不安がっています。人柄の良さそうな人だから、父さんが力になってくれなくちゃ……」(85~86ページ)

●日本でのアピールポイント

介護が必要になった父を抱えた家族の日常を描いた本書は、見知らぬ世界の「誰か」の話ではない。いつ、誰の身に起きても不思議ではない「父親の病臥」という出来事に直面し、苦悩しながらも息子として、父として成長してゆく若者の姿が描かれる。
長男としての責任。自分の望んだ人生を歩めなくなった挫折感といらだち。自分を生み育ててくれた両親に対する愛情。献身的な妻に対する感謝と謝罪の念。主人公ヨンジュンが、さまざまな気持ちのはざまで揺れ動き葛藤しながらも、小さな幸せをかみしめて年を重ねてゆく姿は、物質的な充実感を求めることに懸命になり、家族の絆をおろそかにしがちな現代社会を生きる人々に、人生で本当に大切なものは何かを問いかける、実話に基づいた感動の物語である。

著者:キム・ジョンヒョン(김정현)

1957年、韓国栄州生まれ。1996年に発表された小説『アボジ』は、家庭や社会で立場を失った、現代の父親たちの肖像を描き、300万部の売り上げを記録。映画化もされ、韓国で「アボジシンドローム」を巻き起こした。日本でも2度にわたり翻訳出版されている。小説『オモニ(邦題:母よ~ヘギョンの愛した家族 蓮池薫訳)』『家族』など、家族の絆を扱った作品には定評があり、そのほかの作品に小説『道のない人々』、エッセイ『父の手紙』『アフガニスタン、その絶望と希望のはざまで』などがある。