もうすぐ、大人の時間が始まる

l9788901149493
原題
곧,어른의시간이시작된다
出版日
2012年9月5日 
発行元
ウンジン知識ハウス(웅진지식하우스)
ISBN-13
978890114949
頁数
319
版型
A5

 現代女性の愛や欲望を感覚的に描き、現代女性の代表と評されている作家ペク・ヨンオクのエッセイ『もうすぐ、大人の時間が始まる』をご紹介します。ペク・ヨンオクは、2008年に短編小説『고양이 샨티(ネコのシャンティ)』で文学トンネ新人賞を受賞してデビューしました。長編小説『スタイル』は、リュ・シウォンとキム・ヘスの共演によりドラマ化されています。今年1月刊行の、芸術家と移民の街ニューヨークで繰り広げられる愛のすれ違いを描いた長編小説『애인의 애인에게(恋人の恋人に)』も人気を博しています。

 ●概略 

 映画監督の北野武はかつてこう言ったそうだ。「この世で起きることには、本来、何の色も着いていない。そこに、喜びだの悲しみだのの色を着けるのは人間だ」と。本書はこの言葉のように、同じ出来事を巡り幸せだと感じる人がいる一方で、悲しいと受け止める人もいるのだという、物事の裏側をのぞく視点で書き綴ったエッセイ集である。2008年、人々は輝かしい成功だと賞賛していた。一方で著者は、それを惨憺たる失敗だと気に病んでいた。その頃から書き溜めた人生の正答・誤答や失敗談を通して、最も大切なことは不幸にならない方ではなく、幸福になる方を選ぶことだと著者は言う。そしてこう締めくくっている。「私は、傷跡は花になるという順序を固く信じています」

●あらすじ

 著者が読んだ書籍や観た映画、聴いた曲、行った場所などを紹介しながら、それに対する感想やエピソード、自身の想いなどを書き連ねるスタイルを取っている。韓国を代表する若手作家であるキム・ヨンスのプロフィールに「嫌いなもの:誰かが泣いている酒の席」とあるのを見つけ、まさに自分がキム・ヨンスとの酒の席で泣いたことを思い出し赤面するエピソード。転職しては辞表を出していた20代。物書きを始めた理由。書くのに適した環境を求め、今も数ヵ月単位で引っ越しを繰り返す生活などが、独特のテンポで次々と語られる。春の日は過ぎゆき、まもなく40歳を迎える著者にとって大人の時間とは?生き方を模索する旅人のようだった20~30代を振り返って著者が出した答えは、当たり前のようで簡単ではない。目に見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ出したら大人の時間が始まる。大人の時間は奥深いのだ。

●試訳

  死を考えると浮かぶイメージがある。それはいつも、銀髪の腰が曲がった老人の姿と共に始まる。長いこと生きてきた町の写真館へ入って行った老人は、額のホコリを拭いている写真館の主人にこう話しかける。

「ご主人、写真を1枚撮ってください。綺麗に撮ってください。私の遺影に使うので」

ただの想像なのに、その場面を考えるだけで、乾いた落ち葉が粉々に跡形もなく消えゆくような音が聞こえる。

 美しく年を重ねた老人の顔が収められた写真のフレームを想像しながら、私は自身の死を準備する大人の生とはこういう姿なのだろうと思ったものだ。良い死を準備する人の生が悪いはずはないと信じるのは、私の昔からの偏見だろうが、少なくとも「死」を受け入れる人生は、常に「生」の方により近いと信じているからだ。始まりより、常に終わりの方が重要だ。良い出会いより、良い別れの方が大人の生に近いように。

 まさにこうした場面が、ホ・ジノ監督の映画『八月のクリスマス』に登場する。高齢の父親から小さな写真館を受け継いだ30代半ばのジョンウォンは、余命いくばくもない人生を生きている。若すぎる年齢で死と向き合うことになったこの男性は、すでに死を受け入れる準備ができている顔つきだ。どうしたらそんなことが可能なのか、私としては想像することもできないが、彼の顔は水のように淡々としている。(p307より抜粋)
                                                

●日本でのアピールポイント

  著者と同じ年代の女性だけでなく、著者の小説を愛する若年層からも絶大な支持を受けているエッセイ集。生きるとは、歳を重ねるとはどういうことか、自身も大人の時間に差し掛かった著者独特の目線で語られてゆく。読んだ本や印象的なテレビ番組を分析するときの鋭い切り口と、過去の失敗談や、模索を続けたこれまでの人生を語るときの少し戸惑ったような文体が相反していて面白い。映画『八月のクリスマス』や済州島のように、日本でも知名度の高い作品や地名も登場するので親近感を感じさせる。いつの時代もいずこの国も、女性が若者から大人になるには、準備と心構えがたくさん必要なのだと深く頷かせてくれる1冊。

著者:ペク・ヨンオク(백영옥)
1974年ソウル生まれ。俳優のリュ・シウォンとキム・ヘスが共演したドラマ『スタイル』の原作など、これまでに4冊の長編小説を発表している。ファッション誌の記者から作家に転身し、2006年から執筆活動を開始。本書や2008年に発表した長編小説『ダイエットの女王』など、社会のトレンドや女性の永遠のテーマ、人生の裏側を独特の切り口で表現する女流作家である。