国家の私生活

北朝鮮情勢が緊迫化を強めています。このような状況のなか、韓国では、北朝鮮の崩壊、韓国による吸収統一を仮定して描かれた小説が注目を浴びています。イ・ウンジュンの『국가의 사생활(国家の私生活)』や、『한국이 싫어(韓国が嫌だから)』が大ヒットしたチャン・ガンミョンの『우리의 소원은 전쟁(僕たちの願いは戦争)』などです。
この中から、韓国と北朝鮮の合併から5年、「最悪のシナリオ」を提示した長編小説『国家の私生活』を紹介します。

原題:국가의 사생활
出版日:2009年4月10日
発行元:民音社(민음사)
ISBN-13:9788937482564
頁数:264
判型:145×205mm

国家の私生活

●概略 

 作家イ・ウンジュンの大胆なノアール長編小説。 作家特有のち密 な分析力に基づき、統一韓国という仮想の未来を生々しく描く。零落したソウルの夜道ときらめくルームサロンの灯り、闇の犯罪組織の 内部を隅々までつかみとり、息もつかせぬ速度の場面展開で読者を強烈に引きつける小説。
 2016年ソウル。大韓民国が朝鮮民主主義人民共和国を吸収する 形で統一してから5年の歳月が過ぎた現在、ここは腐った警察の横暴と北朝鮮出身者による暴力団の乱立、新種の麻薬が蔓延するなど、各種犯罪と暴力が点と点でつながっている。独立運動家イ・ジャンゴ ンの孫で、かつては朝鮮人民軍の英雄だったリ・ガンは、北朝鮮出身の暴力団「テドンガン(大同江)」の仲間、リム・ビョンモの不審死の真相を暴き始めたことから、巨大な事件に巻き込まれていく。傷みと歪みを抱えた人物同士の葛藤と事件の連続。謎の死をめぐって陰謀 と裏切りの夜が深まり、細工された真実が徐々に明らかになっていく のだが・・・・・・。

●あらすじ

 大韓民国が朝鮮民主主義人民共和国を吸収する 形で、統一してから5年の歳月が過ぎた2016年のソウル。ここは、良心のかけらもな い腐った警察の横暴と、北朝鮮出身者による暴力団の乱立、住民登録すらされていない「偽」人間たちを悪用した各種の犯罪、「レッド アイ」「白桔梗」など新種の麻薬の蔓延、配給に長い列をつくって並ぶ「統一貧民」の増殖など、終わりが見えない「暗い新世界」だ。
 一方、独立運動家イ・ジャンゴンの孫で、かつては朝鮮人民軍の英雄だったリ・ガンは、北朝鮮出身者の暴力団「テドンガン」の仲間、リム・ビョンモの不審死の真相を暴き始めたことから、とりとめのない 巨大な事件に巻き込まれていく。
 北朝鮮でも悪名高き収容所で地獄を見てきた、狂気に満ち た組織のボス、オ・ナムチョル、彼が地獄から共に連れてきた神々しい男の巫女、将軍坊ちゃん、「テドンガン」のナンバー3でナンバー2 のリ・ガンに歪んだ憎しみを抱くチョ・ミョンド、北朝鮮女性専門の風俗店「銀座」のオーナーで男勝りのホン・ヘスク、党幹部の娘で将来 を嘱望された画家の地位から瞬時にホステスに転落した「銀座」のナ ンバー1のソ・イルファ、抑圧された怒りを胸に秘める平壌出身の天才少年キム・ドンチョル、挫折した純粋を限りない弁舌で偽装した街の 麻薬商人イ・ソヌ、ある日突然リ・ガンの目の前に現れた秘密の女性 ユン・ソンヒになど、荒廃した統一韓国の空の下で繰り広げら れる、痛みと歪みを抱えた人物同士の葛藤と事件の連続。謎の死をめぐって、陰謀と裏切りの夜が深まり、歪められた真実が徐々に明ら かになっていくのだが・・・・・・。

●試訳

 車が市内にさしかかった。ひどい渋滞だ。道端にはとてつもなく長 い人の列ができた。その名も「統一給食所」。 北朝鮮出身の難民た ちに統一政府が一日一食、食事を提供していた。ソウルだけで20カ 所余りの統一給食所がある。ささやかな安全策だった。
「彼らが暴動を起こせば、南朝鮮の反動らは少しでも考えるだろう か?」
「はっ?」
「南朝鮮の人々がどれほど彼らを憎んでいると思うか」
 韓国に、うようよしていた野良ネコは絶滅した。北朝鮮の男たちが 網と罠を使って泥棒ネコを捕まえ、マンションの敷地内の公園や近 所の空き地などで皮をはいで焼いて、酒の肴にしてしまったからだ。 野良ネコを退治してくれたと、 韓国人が感謝するはずがなかった。 彼らのそんな姿が、どんな悪夢にうなされるより苦痛だったから。(76 頁)

 統一韓国政府は、朝鮮民主主義人民共和国人民全員の住民登 録化に失敗した。北朝鮮は統一した当初、すでに国家としての機能 がマヒしていた。難民があふれ、官公所の放火は一度や二度ではな かった。ほとんどの情報システムはアナログだったのに、公文書は大 量に消失した。統一政府が回復し整理すべきだったが、混乱のなか でうまく行かなかった。そればかりか、いくら知らせてもわざと住民 登録をしない北の人間がいた。彼らは近代的な記録のない国民た ち、いわゆる「偽」人間と呼ばれた。住民番号も、写真も、指紋もな い。物証が存在しない 「偽」人間たちは追跡が不可能な幻だった。 デジタル大国を誇った韓国は、統一後、国民の情報管理に関して は後進国に転落した。警察が容疑者を捕まえて尋ねる。おまえは誰 だ? 経歴を確認する基準のない人間の自白は、事実ではなく疑惑 に過ぎない。資本主義の闇が、このような人間たちの力を放っておくはずがなかった。(105頁)

●日本でのアピールポイント

 本書は、北朝鮮の崩壊、韓国による吸収統一と いう状況を仮定して描いたエンターテインメント歴史小説だ。だが、小説のなかの状況は、刻々と変わりゆく朝鮮半島情勢の中、常に現実となり得る可能性 を秘めている。急激に変化する南北関係は、日本でも常に関心を持 たざるを得ないテーマだ。直接的ではないにせよ、朝鮮半島と地理的に近い日本は間接的であれ、いずれにせよ影響を受ける。
 本書が示す架空の歴史はそれが明るい面であれ暗い面であれ、 南北統一後の一面を示す参考書となり得る。だが、堅い参考書とは異なり、本書は統一後の「暗い新世界」を完璧に創造し、精巧な伏線 と映画のコンテのような早い展開で、一瞬たりとも緊張感の抜けない ミステリーとサスペンス、ノアールの面白さも同時に感じさせてくれる。 本作は、著者が映画化を念頭に書いた小説。シナリオも自ら手掛け、映画化も進んでいる。

著者:イ・ウンジュン(이응준)

1970年、ソウル出身。漢陽大学ドイツ語ドイツ文学科、 同大学院修士課程 を、国語国文科博士課程を卒業・修了した。 1990年、季刊誌『 文学と批評』 冬号に「 悟りは突然やってくる」ほか、9篇の詩を掲載して文壇に登場し、 1994 年、季 刊『 想像 』秋号に短編小 説「 彼は追憶の速度で歩いた」を発表、 小説 家としてデビューを果たす。 主な作 品に、 詩 集『 木々がその林を拒 絶した』『ラクダとの長距離競走 』『 恋人 』、 小説集『月の裏側を行く自転車旅行 』『 彼 女の葬式 』『 無情な獣 の 恋愛 』『 婚約 』、 長編小 説『さそり座で起きた出 来 事 』『 私の恋愛のすべて』、 小説選 集『 彼は追憶の速度で歩いた 』などが ある。 2008年、 脚本と監督を担当した映 画『40分 』がニューヨークアジアン アメリカン国際映画祭短編コンペティション部門、 パリ国際短編映画祭国際 コンペティション部門に招待された。2013年には『私の恋愛のすべて』がSBSでドラマ化されている。

2017-04-15 (土)