韓国の絵本には、日本ではなかなか扱われない社会派の内容をテーマとした絵本もあります。昨年6月に神保町のチェッコリで絵画展が開かれた済州島4・3事件をテーマとする『나무도장(木のはんこ)』(クォン・ユンドク作)などです。今回は、そのような社会派絵本の中から、5.18民主化運動(光州事件)を題材とした『오늘은 5월 18일(今日は5月18日)』を紹介します。
●概略
1980年に韓国・全羅南道の光州市で起きた5.18民主化運動(光州事件)を題材として取りあげた初めての絵本。ひとりの少年の目線を通して、事件当時の騒然とした様子、民主化運動に飛び込んでいった人々とその帰りを待つ家族の不安、民主化運動を武力で鎮圧しようとする国家に銃を向けられた人々の悲しみが描かれている。
●あらすじ
5月18日、ぼくたちの街に銃を持った兵隊さんたちがやってきた。おもちゃの銃で遊ぶのが好きだったぼくは、本物の銃を見て胸がどきどきした。
夜になると、遠くから銃や大砲の音が聞こえてきた。大人たちが奥の部屋でひそひそ話している。お母さんは泣いていた。お父さんは、お姉ちゃんに「決して外に出てはいけない」と言い聞かせたけれど、次の朝、どこを探してもお姉ちゃんの姿はなかった。
お姉ちゃんは、トラックに乗っていた。国旗を掲げて「民主主義を守ろう」と叫ぶお兄さんたちと一緒に。お母さんが止めても、ぼくが止めても、お姉ちゃんはトラックの荷台に乗ったまま行ってしまった。
それからぼくは、お姉ちゃんを探すお父さんについて歩いた。街には、兵隊さんたちの銃で死んだたくさんの人たち、おじさん、おばさん、大学生や高校生のお棺が並んでいた。お母さんは、夜も眠らずに泣いていた。お姉ちゃんが作ってくれたおもちゃの銃を、ぼくは捨てることにした。
5月28日、お姉ちゃんはまだ帰ってこない。僕はお姉ちゃんに会いたかった。
●試訳
夜になると、遠くから銃や大砲の音が聞こえてきた。
音があまりに大きくて、ぼくはとても怖かった。
お父さんに、兵隊さんたちはだれに銃を向けて撃っているのか聞いてみた。
お父さんはため息をついて、「市民に向けて撃っている」と言った。
どうして味方に銃を向けるのか、ぼくにはわからない。
奥の部屋で、大人たちがひそひそ話をしていた。
部屋から、お母さんの泣き声が聞こえてくる。
お父さんは、お姉ちゃんに「決して家の外に出てはいけない」と言った。
ぼくはお姉ちゃんの部屋に行って、「お母さんが泣くから外に出ないで」と言った。
お姉ちゃんは、どうしてもやらなければならないことがあると言って、僕をぎゅっと抱きしめた。お姉ちゃんからいい匂いがしていた。
(15~17頁)
●日本でのアピールポイント
今から約35年前、多くの一般市民が犠牲になり、韓国を大きく揺るがした光州事件。韓国の人々の心に深い傷を残したこの出来事を、一体どれだけの日本人が知っているだろうか。作家ソ・ジンソンは、幼い男の子の視点を通して、光州事件という難しいテーマを、韓国のごく平凡な家族が経験した出来事として一冊の絵本に描き上げた。戻ってこない「お姉ちゃん」を悲痛な思いで待つ「ぼく」たちのように、民主化のために犠牲になった一人ひとりに家族がいたことに気づくとき、遠かった「隣国の歴史」が真実味をもって迫ってくる。韓国現代史への入口として、韓国をより深く理解しようとする人にぜひ読んでほしい良書である。