朝鮮王朝最後の皇女 徳恵翁主

 日韓のはざまで、時代と歴史とに翻弄されたひとりの女性の物語を紹介します。
 李氏朝鮮第26代国王高宗の末娘として生まれた徳恵翁主は、学習院に留学したころから統合失調症を発病します。対馬の宗伯爵と結婚しましたが、娘の自殺、離婚、帰国と、苦難の生涯を余儀なくされました。そんな徳恵翁主の波乱の人生を描いたのが、『朝鮮王朝最後の皇女 徳恵翁主』(権丕暎著 斉藤勇夫訳 かんよう出版)です。
 韓国では70万部の大ベストセラー、ソン・イェジン&パク・ヘイル主演で映画化もされました。日本でも今月24日から公開予定です(邦題「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」)。

「王女は将来何になりたいの?」
 方子王妃が訊ねた。
「…朝鮮に帰り先生になりたいわ」
「どうして先生に?」
「朝鮮の農民達を教育して立派な人間に育てたいの」
 そう話す時は徳恵の瞳が輝いていた。
「そう。貴女ならきっと出来るでしょう」
 方子が心を込めて答えた。
「文章を創作する才能もあるから文学者もいいわ。小説家や詩人も」
「それもいいけど先ずは先生になるわ」
「必ず夢を実現なさるでしょう。そして良き家庭も築かれることでしょう」
 方子はいつも通り徳恵の希望が叶うよう元気付けた。
「今回避暑に行ってくれば朝鮮にも暫く戻れるでしょう」
「本当ですか?」
「はい、そうなるだろうとの話を伝え聞いたわ」
 徳恵は意外な消息に喜んだ。日本に来てから久し振りに彼女の頬に明るさが見えた。
しかし、避暑に行って来ても朝鮮行きの話はなかった。日本側で又変更した様子だった。徳恵は腹が立った。朝鮮に戻れない理由がどうしても知りたかった。誰に訊ねるべきか。いや、分かっていても可能性は不明だった。
 徳恵は何も考えずに校長室を訪ねた。意外な徳恵の出現に校長は慌てた気色を見せた。
「翁主王女、どんなご用件でしょうか?」
「学期休暇には朝鮮に帰して頂ける筈なのに何故約束を守って下さらないの?」
 徳恵は怒りがこみ上げて来るのをじっと堪え一気に喋った。
「それは私が決めることではありません」
「皇国なら皇国らしく約束を守るべきではないですか?」
「…」
「早く必要な措置を執って頂くようお願いします」
 彼にその権限がないことは徳恵も分かっていた。

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