リナ

 北朝鮮のことがニュースに取り上げられる度に、国民はどのような生活を強いられているのだろうかと気にかかります。昨年(平成28年)、日本経済新聞お正月特別版の文芸欄「世界の『今』に迫る10冊」で、『リナ』(姜英淑著 吉川凪訳 現代企画室)が取り上げられました。「『脱北』少女の苦難 韓国の作家が悪漢小説の体裁を取りながら鋭い筆致で描出する」作品と評されました。この『リナ』は、『文藝』2014年春号で、著者の姜英淑さんと翻訳家の鴻巣友季子さんとの対談でも取り上げられている作品です。この対談で姜英淑さんは「私は小説の中で『P国』が-現実では韓国ですが-命を懸けてまで来なければならない土地なのか、じっくり考えてみたかったんです。これは脱北者たちの人生を韓国文学の磁場に持ち込み、韓国文学の可能性を拡げてみる試みでもありました」と語っています。
 麻薬、売春、人身売買などリナが様々な問題に直面するたびに、生き抜くことについても深く考えさせられる小説です。

 

 雪はずっと降り続き、冬は永久に終わらないように思えた。雪の中の孤立、また孤立。人々は長い冬のあいだも、廃墟になった工業団地を出られなかった。朝になっても誰も起きようとはせず、毎朝、平然と雪かきをする老人だけが唯一、生きている人間のように見えた。しかし見方によっては、その老人すらも死人のようだった。雪で道がふさがり、今では西の地域の人たちも食料を調達するすべがなく、時間をつぶすためにいる間はずっとトランプをした。皆は賭ける金も、その代わりになるような物もないから、病んだ自分の命を賭けた。カードを配り、自分のカードをじっと見下ろした。あまりに静かなので迷いこんできた鼠たちですら、音を立てないように気をつけて壁を這わなければならなかった。皆は口には出さなかったものの、誰かが置き物代わりに持って来たコードの切れた電話機が鳴り、どこからか救助に来るという知らせあることを、ひたすら待ち続けた。
 ある日、奇跡のごとく、工業団地の上空にヘリコプターが現れた。雪の降る音まで聞こえるほど静かな工業団地でヘリコプターの音は、それこそ青天の霹靂だった。人々は外に走り出て、いよいよ缶詰を好きなだけ食べられると歓声を上げた。二機のヘリコプターが袋をいくつか落とし、方向を変えて高度を上げるあいだには皆は白い袋めがけて走ったが、あちらこちらに落ちた数個の袋の中には、噛むことすらできそうにない、固い電子チップがぎっしり詰まっていた。いくらひっくり返しても、柔らかいパンや肉の缶詰などは出てこなかった。袋を追いかけた人たちは、ひどくプライドが傷つき、電子チップを口に入れてから吐き出して、空ばかり見つめた。
 雪が積もると、子どもたちが黒い電子チップを目と鼻と口にした雪だるまを作って家の前に置いた。毎朝目を覚ますと雪だるまたちが家の前を見張っていた。雪だるまの数が日ごとに増え、子供たちは電子チップがなくならない限り、そして雪がやまない限り、毎日毎日、まったく同じ雪だるまをつくった。
 その日以後、定期的にヘリコプターが飛んだ。二日間ヘリコプターを追いかけてもこれといった収穫がなかったから、皆はもう、ヘリコプターが来て袋を落として行っても開けてみようともしなかったし、開けたところで、何に使うのかさっぱりわからない機械の部品ばかりだった。工業団地は、行き場のないゴミを捨てるゴミ処理場になったのだ。皆は怒ってヘリコプターを罵倒した。「こんなふうに我々を馬鹿にするなら、ただじゃおかないぞ」
 リナは半壊した家に閉じこもって低い声で歌ばかり歌っていた。都市から連れて来た四人の男の子は、いつしか背が伸びて額にニキビがいっぱいできた、憂鬱な表情の青年になっていた。彼らは自分たちだけで集まって本や、都市で拾って来た広告を読んだ。崩壊した工業団地で、なすべきこともなく過ごしてきた熱い血の若者たちは、頭がおかしくなる寸前だった。リナはよく彼らに、幼少年職業訓練センターで働いていたときのつまらないエピソードを話してやった。(260頁)

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2017-09-14 (木)