心の辞書

10月に入りました。「秋の日はつるべ落とし」とも言いますが、日が暮れるのも大分早くなりました。秋の夜長は、少し落ち着いて自分の心を見つめたくなります。詩人であるキム・ソヨンが、詩人ならではの感性と感覚を込めて、特別かつ感性的な心の言葉について語っている『心の辞書』を紹介します。

原題:마음사전
出版日: 2008年1月20日
発行元:心の散策마음산책
ISBN-13: 978896090027
ページ数: 319
版型: 193x138mm
分野:エッセイ

心の辞典

 

 

 

 

 

 

 

 

●概略 

 本書を一言で表すならば、著者がキャッチした「心のニュアンス」を読者にトスする心の辞書と言えるだろう。率直と正直の違いを、そのときの心の動きも含めて説明せよと言われたら、皆さんはどう答えるだろうか。
 もちろん、人によって状況は千差万別であろうから、率直と正直の違いに関する正しい答えはないのだが、それを自分の言葉で表現すること自体が簡単ではない。だが著者は、日常会話で何となく理解したつもりで使っている言葉の言霊を、著者自身の感性や直観でキャッチし、言語学的な定義は全て排除した上で表現することを試みた。それが本書である。十数年前から「ひとつひとつにアンダーラインを引いたり、コメントをつけたりして」きたという著者の心の言葉は、本書を通して読者の心の中でも芽吹き、光を放つことであろう。「心の根幹を成す喜怒哀楽、愛欲やその周りの言葉と物事」をゆっくり見渡すだけでなく、言葉の奥深さやカを反芻することもできる一冊である。

 

●あらすじ

 数万種類の色を持つ「心」を言葉で表現する心の辞書。人の体は一つだが、身振りや心の色は様々に存在する。数万種類以上の身振りに、数え切れないほどの心の色。生きている限り人の体と心は動き続ける。その様は水の流れや風のように千変万化で時々刻々と変化していくため、瞬間を全て捉えることは不可能だ。体と心の中でも、特に心を読み取るのは難しい。体は目で見て触れることができるが、心はそういうわけにはいかないからだ。「測り難きは人の心」ということわざもあるように、人は自分の心はもちろん、他人の心が分からないために悩み、葛藤し、苦しむ。だが、心は全く分からないものではない。光にも目に見える可視光線と体で感じることのできる赤外線や紫外線があるように、心にも心自身が見て、聞いて、感じることのできる色がある。肉体ではなく心でもって、見て、聞いて、感じたことを著者は綴る。

●試訳

 重要だ:大切だ(p57) 大切な存在はそれ自体が究極だが、重要な存在は究極に到達するための方便だ。お金はちっとも大切じゃないまま、もっとも重要な位置に置かれている。重要すぎるあまり、大切だという錯覚を起こさせる。世の恋人たちはお互いに大切だが、まだ重要な存在ではない。だから、大切だと言う想いが消失したら、自分の意思と関係なく捨てられるかもしれないという不安がある。互いに重要だが、大切だという想いがどこかに隠れている世の大部分の夫婦は、重要な人としての自分自身の役割を遂行しようという意欲がある限り、捨てられることはないというそれぞれの信頼のみが顔を出す。自分の役割に対する信頼を、互いの存在に対する信頼だと錯覚しながら関係が維持される。私たちは重要なものの負担の重さから、大切なものを失うことが多い。重要な約束と大切な約束の間で絶えず葛藤しながら、重要な約束の方に傾いてしまう。

●日本でのアピールポイント

 韓国語は感情を表現する形容詞が実に豊かだ。韓国語を母語とする人たちと韓国語で会話をしていると、彼らはその豊かな形容詞を駆使して自分の感情を表現するのが得意なのだなと、感心させられることが多い。だが、例えば「両方とも悲しみを表す言葉であるAとB、微妙なニュアンスはどこが違うの?」と質問すると、普段はシチュエーションによって巧みに感情表現する言葉を使い分けている彼らも、答えに窮することが多い。本書は、こうした心のニュアンスを著者の感性で説明した、いわば心の辞書なのだ。心の襞から発せられる言葉の背景に透けて見える感情の動きや色に焦点を当てた、詩人らしい解釈が興味深い。特に、
著者が感じる凄惨・凄絶・凄然の違いを書いた章などは、心のニュアンスだけでなく韓国語のニュアンス表現についても書かれていて、「言葉」の面白さに興味をそそられる。

著者:キム・ソヨン(김소연)

1967年、慶尚北道慶州生まれ。カトリック大学の国文科と同大学の大学院を出て、1993年『現代詩』に詩「私たちは讃える」などを発表し登壇した。詩集に『極に達する』(1996)『光たちの疲れが夜を引き寄せる』(2006)があり、エッセイには『こころの辞書』(2008)『シオッ(韓国語の子音)の世界』(2012)などがある。現在「21世紀の展望」の同人として活動している。「沖縄、チュニジア、フランシス・ジャム」他6編で第57回2012年現代文学賞を受賞した。
 
 
 

 

2018-10-02 (火)