『究極の子 ーThe ultimate childー』(チャン・ヨンミン著)

究極の子
原題
궁극의 아이
出版日
2013年3月8日
発行元
エリクシル(엘릭시르)
ISBN-13
9 7 8 8 9 5 4 6 2 0 6 8 0
頁数
590
判型
139×224mm

2017年はチョン・ユジョンの『七年の夜』(カン・バンファ訳 書肆侃侃房)やキム・ヨンハの『殺人者の記憶法』(吉川凪訳 クオン)など韓国のミステリー作品も翻訳、刊行され、話題となりました。純文学が多いと思われている韓国ですが、ジャンル小説も増えつつあります。その中から、想像力をかきたてる描写力と感動的なラストが秀逸なミステリー『究極の子』を紹介します。

●概略 

 本作は韓国コンテンツ振興院、KBS(韓国放送公社)などが主催する「韓国ストーリー公募大展」で審査員がその内容を激賛、約2000編の シナリオ応募作の中から2011年度の最優秀賞に選ばれた作品である。 書籍化された発売直後から母と娘、男と女の愛の物語を壮大なスケー ルで描いた推理小説として評判を呼び、 漫画化にもなっている。諸外国での翻訳出版も検討されている。

●あらすじ

 まだ見ぬ未来を記憶する人間がいる。数千年前に発見された「未来を記憶する子ども」だ。数世紀前には、子どもであるにも関わらず、 神官として崇められていたという。彼らの名は「The ultimate child」、 つまり究極の子。
 そんな「T he ultimate child」の能力に目を付け、表では子どもた ちを神と称えながら、裏で彼らの能力を巧みに利用し、世界中の金と権力を吸い上げたのが「悪魔の蛙 」という組織だった。「The ultimate child 」の力によって、めきめきと頭角を現した「悪魔の蛙」 は、世界で最も影響力のある人物らを味方に付け、すべてを思い通りに操る裏の巨大組織に成長していた。
 FBIのニューヨーク支部に勤めるサイモンは、10年前に発信された手紙を受け取る。手紙の送 り主は、10年前に自殺した韓国人の男、シンガヤだった。
 手紙には「この手紙を受け取った日から5日間、毎日1人ずつ人間が 死ぬことになるでしょう。私のこの計画を防ぐ方法はただ一つ。ニュー ジャージー州に住むエリス・ローザという女性を訪ねてください。彼女 の記憶の中に、すべての手掛かりがあります」と書かれていた。サイモンは、好奇心からエリス の元を訪ねるが、そこで手紙に記されたシンガヤの予言がでたらめで ないことを悟る。サイモンは、シンガヤ が予言した「これから起きる事件の被害者」を救うために東奔西走するが、捜査が進むにつれて浮かび上がってきたのは驚愕の事実だった。シンガヤか らの手紙で幕を開けた復讐劇。定規で引いたように正確なシンガヤ の計画は、「悪魔の蛙」のメンバーたちを刻一刻と死の恐怖へ追 い詰めていく。だが、果たして10年前に死んだ男に復讐が可能なの だろうか?
 

●試訳

「わたしは病気なんです」
「どんな病気ですか?」
「過剰記憶症候群」 サイモンは眉間にしわを寄せた。いつだったか、その症状に関する論 文を読んだことがあった。何百万人に一人いるかという非常に稀な病 で、忘却能力が喪失され、記憶をコントロールすることができなくなる というものだった。学会に報告されて日が浅いため、これから研究が 進められるというが、確実に明らかになっている共通の症状があった。
「すべてを記憶しているのですね」
「……7歳以降に起きたことは、一つ残らず」(25頁)
「未来を見るとは、河に散らばった本を集めることと似ている。ある 部分は押し流されていくし、ある部分は滲んで読めなくなっている。大 事なことは、クライマックスを見つけたと、迂闊に結末を予想した結果、 とてつもない代償を払う羽目になるということ。質量保存の法則と似て いて、一度でも足を踏み外すと、その下方には想像以上の深淵が待っ ている」(494頁)

●日本でのアピールポイント

 ワシントンで起きた暗殺事件、9・11同時多発テロで妻を亡くした FBIの警官、忘れたくても忘れられない女、いつたどり着くとも知れ ぬ故郷への旅路に踏み出したダライラマ14世のウトゥン・ギャツォ、 そのダライラマの一歩に委ねられた朝鮮半島の未来、そして一触即 発の危機に陥った日中関係。
 意表を突く壮大なストーリーは、読む者の想像力をかきたてなが ら息もつかせぬ展開を見せる。だが全体の語り口は派手でも大げさ でもなく、むしろ淡々と登場人物を追いかける。読んでいると情景が 映像のように脳内へ浮かんでくる描写力と、推理小説でありながら涙 なしには読めない感動のラストは秀逸。ぜひ、日本の読者にも堪能 してもらいたい1冊だ。

著者:チャン・ヨンミン(장영민)
1969年生まれ。ソウル大学卒。 1996年に韓国映画振興公社によるシナリオ 公募展で、「 建築無限六面角体の秘密 」( 映画化、邦題「ミステリー・オブ・ザ・ キューブ 」)が 、 大賞を受賞して以来、 小説 家・シナリオ作家として精力的に 作品を発表し続けている。とくに、 長編小説は、読者に楽しさと感動を与える だけでなく、知的好奇心も満足させる作品として高い評価を受けている。
「 韓国のダン・ブラウン」というあだ名を持 つ彼は、ファクション( factとfic - tion の合成語 )という文学的な想像力とリアリティを結合させたジャンルで、 独特な作品世界を作り出し続けている。小説以外にも、ドラマ「 科学捜査劇 KPSI 」のシナリオや、テレビのシチュエーションコメディの脚 本など、幅広い 分野で活躍を見せている注目の作家だ。