日本経済新聞で韓国文学が紹介されました。

6月3日付け日本経済新聞朝刊に、韓国文学が大きく取り上げられています。
少年が来る』(ハン・ガン著 井手俊作訳 クオン)や『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著 斎藤真理子訳 河出書房新社)、『冠村随筆』(李文求著 安宇植訳 インパクト出版会)など、1970年から80年代の激動の韓国を舞台にした小説の翻訳が相次いでいます。
東京の韓国文化院で開催された『少年が来る』の読書会の模様とともに、小説によって韓国の歴史を学び取ろうとする人々の様子が記事になっています。
作家の星野智幸さんの言葉、「声なき人の声を拾うのが文学の役割。抑圧され阻害される人々の様子は今の日本社会にも共通する。日本の読者にも共感して読んでもらえるのではないか」がとても印象に残りました。

全文をご紹介します。

韓国の歴史 理解の機運 1970~80年代舞台の小説翻訳
近代化の負に焦点   

1970~80年代を舞台にした韓国の小説が相次ぎ翻訳、刊行されている。当時の韓国は近代化が急速に進む一方で、変化の波に取り残され社会からの疎外感を感じる人々も増えていた。小説がすくい取るそうした人々の声に耳を傾け、隣国の歴史に対する理解を深めようという読者の関心を呼んでいるようだ。

光州事件深掘り

 5月下旬、東京都新宿区の駐日韓国文化院で開かれた読書会。課題書は80年に韓国で起きた光州事件を題材にしたハン・ガンの長編小説「少年が来る」(井手俊作訳、クオン、2016年刊)だった。作家の星野智幸氏の進行で、年齢も性別も異なる16人の参加者が思い思いに感想を語った。

 光州事件が起きたとき11歳だったという女性。事件は日本でも報道されていたはずだが記憶になく、世界史の授業でもほとんど習わなかったという。「歴史の行間を埋めるような気持ちで本書を読んだ」と話す。

 光州事件は韓国南部の光州市で、全斗煥(チョンドファン)元大統領らの軍事クーデターに反発した民衆が蜂起した事件だ。デモの参加者は学生から一般市民まで20万人に達したといわれ、集まった民衆に軍が発砲するなどして多数の犠牲者が出た。蜂起は政府によって鎮圧されたが、その後の韓国の民主化運動が進む原動力となった。

 著者のハン・ガンは70年光州市生まれ。9歳まで同地で過ごし、事件発生の数カ月前にソウルに引っ越したという。14年に原著が執筆された本作では、遺族らに取材を重ね、武力で抑圧された体験と、生き残った人々が事件後の日々をどのような気持ちで過ごしてきたかを小説にまとめた。

 読書会に参加した別の女性は「著者とほぼ同世代だが、同じ時代に、こんなに近くでこんなにも悲惨な体験をしている人々がいたことに驚いた。暴力的な描写はわずかだが、かえって色々なことを想像してしまい、読むのがつらかった」という。

 2000年に日韓文学シンポジウムに参加して以来、東アジアの作家交流に積極的に取り組む星野氏は「声なき人の声を拾うのが文学の役割。抑圧され阻害される人々の様子は今の日本社会にも共通する。日本の読者にも共感して読んでもらえるのではないか」と話す。

 急激な経済発展による韓国社会の変化を知ることができるのが、チョ・セヒの連作中短編集「こびとが打ち上げた小さなボール」(斎藤真理子訳、河出書房新社、16年刊)だ。78年に原著が刊行されると、韓国では1年半で発行部数が20万部を超えた。一部が教科書に採用されたこともあり、重版を重ね、16年時点で300刷130万部と今も読み継がれている。

強制退去描く

 描かれるのは70年代に都市化が進む韓国だ。ソウルだけで約19万棟にも達したという無許可建築物の強制撤去が始まり、住民は暴力的に立ち退きを迫られる。仁川をモデルとしているとみられる工業都市では労働運動に参加し虐げられる人々を克明に描写する。

 訳者の斎藤氏は81年に初めて同書を読んだ。その後、ソウル五輪が開催され活気に満ちた街を体感する中で「小説に描かれた社会はすでに歴史の一部になっていると思っていた」。今でも売り上げを伸ばしていると知り「理由を知りたかった」と翻訳を決めた。

 日本語版の刊行後、斎藤氏はある在日韓国人の女性から「当時、虐げられてきた人々は、今、それなりに折り合いをつけて平凡な市民として生きているが、力ある者のための社会をつくってきたツケ、あるいは副作用が噴き出している」という趣旨の感想を受け取った。斎藤氏は「今につながる問題点を内包しているからこそ読み継がれている。日本でも読まれる意味がある」という。

 農村の変化をつづったのが、李文求著「冠村随筆」(安宇植訳、インパクト出版会、16年刊)。原著は72~77年に韓国の雑誌に発表された連作小説で、朝鮮半島の南北分断やその後の軍事政権下で伝統的な価値観が破壊され、破壊と混乱、暴力があふれる社会を乗り越えることができなかった人々の様子が描かれる。

 校閲を担当した川村湊氏は「穏やかで牧歌的ともいえる文章や筆致の奥から、激しく苛烈な時代状況や社会変化に対する怒り、憤りを受け止めることができる。こうした歴史に触れることが今の韓国を理解する手助けになる」と話す。

2017/6/3付    日本経済新聞 朝刊   文化部 岩本文枝