【最優秀賞】『すべての、白いものたちの』記憶に灯をともす/高野真理さん

【最優秀賞】

高野真理さん

『すべての、白いものたちの』
記憶に灯をともす

 

81D6LRuVgML 白いものたちの記憶。家族が語った、そして住んだ街、滞在した街、出かけた場所で見た白いものたちの。

 作者の綴る平易で正確な言葉は、自然に集中力を喚起し、読む者は書かれた言葉の光景を見ると同時に自分の記憶の深いところへと降りていく。

 ここで語られる白いものたちは、死、破壊、喪失の悲しみをまといながら忘却の流れに押されそっと消えようとするものたちだ。しかし作者であるハン・ガンによってすくいとられ、そのたぐいまれな力量により繊細な細部を壊されることなく、言葉として他者へ見えるものとされ、記録され記憶される。忘れられぬものとなる。そして読む者自身の忘れてしまった記憶もゆさぶり起こされる。

 冒頭に作者があげる白いもののリスト。それが「おくるみ」「うぶぎ」「ゆき」「つき」というようにひらがなで表記されていることによって、言葉を読んだときにやわらかな白いイメージが広がるすばらしい翻訳だと思った。本書の原題は『흰』。韓国語には白を表す言葉には真っ白を表す「하얀」と様々なニュアンスの白を表す「흰」があるそうで、この本に登場した白はそれぞれ違う色の「白いものたち」なのだ。月も白い。霜も壊れた街も、笑いも、そしてタルトックのように白かった赤ん坊。本も5種類の異なる「白い」色の紙で綴じられている。ジャケットと本文中に使われているDouglas Seok氏のモノクロームの写真はこの作品のために撮られたものなのだろうか。黒いワンピースの女性の膝の上に広げられた小さな小さなやわらかそうな白いワンピースの写真。翻訳や装丁が一体となって作品の世界を日本の読者に届けてくれている。

 ハン・ガンの文章は静謐で美しい。その背後にある頑強な決意に胸を打たれる。おそらく多くの痛みは死ぬまで消えることはない。それでも、生きていけるように、ハン・ガンが言葉で記憶に灯をともすように、自らの記憶に灯をともして、忘れてしまわぬように。生きていくことそのものが祈りであるから。