3月も2週目に入り卒業式シーズンとなりました。お子さんの卒業や進路について、悲喜こもごもいろいろな思いをされているご家族も多いのではないでしょうか。子育てには悩みがつきものですが、今回は、名門ソウル大卒業のミュージシャン、イ・ジョクの母親として有名なパク・ヘランの育児エッセイをご紹介します。『日本語で読みたい韓国の本-おすすめ50選』第2回に掲載の作品です。
●本書の概略
筆者は1996年、他人の息子を育てた話『信じた分だけ育つ子どもたち』を出版した。この本は30万部を売り上げ、育児書の古典と言われている。韓国の母親たちは家庭教師もつけず、タダで3人の息子をソウル大学に入学させた話に惹かれ本を手にしたものだ。「家の中が散らかっていなくては子どもの想像力は育たない」など、著者の独特の仮説に熱狂し、テレビを見るときも家族全員が小さなソファーにくっついて座り、お互いの足の指の一本でも重なっているという動物的な触れ合いをうらやましがった。現在3人の子どものもとに男女三人ずつの孫がいる。どこに行っても、子どもを上手に育てた母親だとおだてられる言葉を何十年も耳にして生きてきた著者だが、孫たちのけがれのない表情を見ると幼いころの息子たちの顔が重なり、子どもを育てる楽しさをもっと味わえばよかったという心残りをぬぐい去ることができないという。
子どもも母親も同じように、無限の競争社会に放り出される今日、あくまで子どもを信じて見守ってあげようという自身の育児哲学は終わったと考えたこともある。しかし、毎日身近に孫たちを見ながら、またいまだに彼女に育児の知恵を求める多くの若い母親たちを見ながら、自身の育児に対する省察とともに、若い母親たちよりも長く生きた分だけ、確実に語ることのできる内容を探り出すことになった。彼女がもう一度子どもを育てるとしたら、必ずやってみたいことや、もう一度子どもを育てたとしても変わらないことの目録を比較してみれば、その育児哲学と方法論がはっきりと見て取れるだろう。どのように活用するかは読む人に任されているが、母親たちにとって子育てが何より楽しく幸せな時間になるように後押ししてくれるのは間違いない。最近は息子が結婚すれば十中八九、嫁の家の子どもになってしまうと言われるが、彼女の三人の息子は週末ごとに嫁と子どもを連れて、母親の家に集まってくるのだから。
●試訳
男性と対等な教育を受けた高学歴な女性の大多数が、学力を発揮する前から育児に追われ、ギブアップしてしまう。さらに大きな問題は、いつになるか分からないが保育政策が整い、安心して子どもを預けられる所を簡単に見つけられる時代が来たとしても、女性が気軽に働きに出られないような障害物が、あちこちに隠れているという点だ。
代表的な例が、「少なくとも生後三年は必ず母親が育てるべき」という育児専門家の理論と、その理論の信奉者たちだ。以前、ある有名な僧侶が、共働きの母親は明け方にでも子どもと遊んでやれと述べたところ、ワーキングマザーの集中砲火を浴びて謝罪したことがあった。私は、その理論が荒唐無稽だからではなく、ワーキングマザーの急所を突いたからだと自分なりに解釈している。社会の絶え間ない発展のためには女性の社会参加が必須だと主張をしながらも、少なくとも三年は子育てに集中しろという二律背反的な要求の間で、ワーキングマザーは心の休まる日がない。
ほとんどの母親も経験上、生後三年の重要性を切実に感じているのが事実だ。専門用語を借りるなら、円満な愛着関係を形成するためだ。三歳頃だとある程度は言葉が通じるため、母親が離れても激しい分離不安を感じないためだ。だが、三年の休職を容認する会社がどこにあり、職種によっては三年が千年になる所もある。三年後には自ら自信を失って辞めるしかない。それがワーキングマザーの現状だ。
(p190~191)
●日本でのアピールポイント
子育てに奮闘し、子育てに疲れている若い母親たちの悩みは、韓国も日本も共通である。日本の若い母親たちにも、韓国の元気なおばあちゃんの知恵が勇気を与えてくれるだろう。また、昨年デビュー20周年を迎え、日本での初ライブを成功させた韓国を代表するシンガーソングライター、イ・ジョクのファンにとっても、彼を育てた育児哲学は興味深い読み物になるはずだ。
著者:パク・ヘラン(박혜란)
著者のパク・ヘランは、韓国の女性、韓国の女性と男性について多くの本を手掛けた女性学者である。また、名門ソウル大卒業のミュージシャン、イ・ジョクの母親としても知られる。兼業主婦4年、専業主婦10年、パートタイム主婦30年、そして明朗婆ちゃん7年の経歴を持つ。著書に『ソファー戦争』(2005)、『年を取ることについて』(2006)、『生の女性学』(1993)、などがある。