『ソナム女子高探偵団~放課後のミステリー』がドラマ化され、いろいろな世代から人気を博しているパク・ハイクの長編小説を紹介します。松本清張に魅せられた作家の社会派サスペンス小説です。
●本書の概略
女流推理小説家パク・ハイクによる長編小説。第6回韓国デジタル作家賞受賞作品。「殺人被害者甦り現象」により甦ったミョンスク。加害者への復讐を果たせば消滅するはずが、なぜか息子へ殺意を抱き、消滅せずにいる。真犯人は誰なのか、甦り現象の真相の鍵を握るのは誰なのか、その現象は何を意味するのか、犯罪者に対する刑罰はどうあるべきなのか。近未来を背景に描かれる社会派サスペンス。
●あらすじ
殺人事件の被害者が甦る現象(RVP)が世界各地で発生した。蘇った被害者(RV)は、「審判を」とつぶやき、加害者への復讐を果たし、消滅するという。
ジノンの目の前でひったくりに殺されたジノンの母ミョンスクも、RVとして甦った。しかし、彼女はなぜかジノンに殺意を抱いていた。警察は、集団レイプの前科があり、ミョンスクの死亡により得た多額の保険金で自分の会社を立て直したジノンを疑い、二人を警察の監視下に置く。
ミョンスク殺しの容疑者として、中国人の不法滞在者リーが浮上した。刑事ギョンチェは、自分にナイフを向けるリーと対峙しながらも、彼らを取り巻く見物人の中にいた一人の少年に目を奪われる。凍てつくような寒さの中、半袖、半ズボンという服装に、生気を失った青白い顔。ふとした隙に、少年は姿を消した。
リーは、ミョンスク殺しが請負殺人だったと明かす。ミョンスクは彼の顔を見つめ「審判を」とつぶやき、あっという間に彼を殺害した。しかし、彼女は復讐を終えても消滅しなかった。車いすに拘束された彼女は、力なくジノンに助けを求めたが、やがて彼を見つめ、つぶやいた。「審判を」。
近年、死刑を凌駕する刑罰と更生プログラムが必要となり、米国では、息子を殺人事件で亡くしたパク博士が、究極の更生プログラム、「完全なる審判」プロジェクトを完成させた。しかし、あまりにむごい効果に驚愕した元大統領が、関連資料の廃棄命令を下した。その後、博士が資料を持ち出し失踪したが、プロジェクトとRVPになんらかの関係があるのではないかと、CIAは見ている。
ギョンチェらは、ジノンの会社の共同経営者であるミヌクがジノンの逃亡に加担していると考え、彼を尾行した。ミヌクが向かったのは、林の中の一軒家。中からは女性の呻き声が聞こえる。調査の結果、家の周囲から複数の女性の遺体が発見された。容疑者のミヌクは、ジノンの仕業だと主張する。
ミョンスクはCIAに引き渡されることになったが、移送中、ジノンが彼女を連れ去る。二人は、ミヌクの助けで中国に密入国することにしたが、中国に向かう船の上で船員たちに襲われ、海に転落する。女性連続殺人の罪をジノンにかぶせて殺害しようという、ミヌクの策略だった。
見慣れない部屋で目が覚めたジノンは、ハヒョン、ギョンチェ、そしてミヌクと対面する。ミョンスク殺しの真犯人も、女性連続殺人犯もミヌクだということが明らかになった。ミヌクにとって、ミョンスクの殺害は会社の資金調達手段であり、女性殺害は最高の快楽だったのだ。
ジミンも現れ、「完全なる審判」プロジェクトについて話し始めた。RVを作り出したパク博士が、RVとして甦った息子の体を介して現れたのだ。博士は、更生の見込みのない殺人犯を刑務所の中で生かしておくことの不条理さを訴え、本当の意味での刑罰は、犯罪者に愛を悟らせ、愛する人を失う悲しみを味あわせることだという。
ミヌクがギョンチェの拳銃を奪って逃亡を図り、後を追ったミョンスクに向かって発砲した。再び母が銃弾に倒れる場面を目にしたジノン。二度と味わいたくなかった、愛する人の命が目の前で奪われる苦痛。ハヒョンが投げ渡してくれた拳銃を手にし、ジノンはミヌクの背中を狙った。
「更生プログラム 終了」
すべては、殺人犯ミヌクへの更生プログラムの中での出来事だった。それは、仮想現実の中で殺人犯が被害者の家族となり、自分が犯した犯罪を客観的に見つめるというものだった。ミヌクはジノンとなり、愛する母を殺された苦痛を味わっていたのだ。そして、仮想現実の中でジノンとなったミヌクは、自分の背中に向かって銃を向けた。それが、彼が下した、自分の罪に対する刑罰だった。しかし、彼の中にはミョンスクと過ごした幼少時代の甘い思い出と、ミョンスクを失った、胸が張り裂けそうな苦痛が、あまりにも鮮明な記憶として残っていた。
彼が殺した人は13人。あと12人分の更生プログラムが残っている。
●試訳
「お聞きの通り、私が殺した老人たちのほとんどは、死んでから何週間も何か月も放置された後に、ようやく発見されました。お盆にも子供たちが帰ってこない人たち。友達もほとんど亡くなり、公園でじっと座ってでもいなければ、他者との交流をもつ機会さえなかったのです。夏には扇風機を回す電気代がなく、蒸し風呂のような部屋で一日を過ごし、冬には暖房代を節約して、冷たい床で眠る老人たち……。殺したのは私ですが、彼らを見捨てたのは、あなたたちです。
(中略)
そう、私は彼らを殺しました。では、ここにいるみなさんは何をしましたか? 彼らが寂しいとき、隣にいてあげましたか? 手を握ってあげましたか? 彼らの首を絞めなかったから私は善良な人間だ……。彼らの頭をハンマーで殴らなかったから僕は潔白だ……、傍聴席に座って腕組みをしながら、そう考えているでしょう。
彼らが目の前にいるときには透明人間扱いをして、見ても見ぬふりで通り過ぎていたのに。けれど、私はあなたたちのように、彼らを冷やかに見放すことはできませんでした。なぜかというと、私が……私もまた、孤独な人間だったからです! 彼らの顔が、私と同じに見えたのです」(p100、102、103「5章 独善」より)
●日本でのアピールポイント
日本同様、死刑存置国である韓国。しかし、1997年以降、死刑は執行されておらず、事実上、死刑廃止国に等しいとみられている。そのような状況で、殺人事件により家族を失った遺族の悲しみはどのように償われるべきなのか。同害報復法により加害者の命を奪うべきなのか、加害者にも家族を失う悲しみを味あわせるべきなのか。そのような正義の名のもとに行われる殺人も、れっきとした殺人なのではないか。それならば、加害者の家族の命を奪わずに、家族を失う悲しみを味あわせれば……。一見、SFファンタジーのような非現実的な設定ながら、現代社会に渦巻く数々の問題が鋭く表現されている、社会派推理小説の巨匠、松本清張に魅せられた著者ならではの、背筋の凍るシリアスな作品である。
著者:パク・ハイク(박하익)
学生時代に松本清張の小説を愛読し、社会問題を表現しつつ大衆性も期待できる推理小説に魅せられ、小説を書き始め た。2008年、『季刊ミステリー』新人賞受賞。2010年、『ヒガンバナの話』で東洋日報新春文芸の小説部門大賞受賞。本書以外の作品に『ソナム女子高 探偵団~放課後のミステリー』があるほか、多数の短編推理小説集に参加している。