裏庭に、やっかい者が住んでいる

l9788958287247
原題
뒤뜰에 골칫거리가 산다
出版日
2013年7月3日
発行元
イェダム出版社(예담출판사)
ISBN-13
9788959137480
頁数
263
版型
169×220mm

ここ数年、韓国文学は欧米でも注目を集めています。2014年4月に開催されたロンドン国際ブックフェアで、「今日の作家」に選ばれたファン・ソンミ作家の大人も楽しめる童話『裏庭に、やっかい者が住んでいる』を紹介します。旅行作家として、またイラストレーターとして活躍中のボンヒョンさんによる心温まる挿絵も目を楽しませてくれます。

●概略

 人生の晩年を過ごしにやって来たひとりの老人。そこはかつて、彼が幼少期を送った懐かしい場所だ。平穏に過ごすつもりで戻って来たのだが、心の痛みも思い出されていく。成功して富豪になった彼は、自分の主人だった人の屋敷と、一帯の土地を自分のものにした。山や林が残るその自然の地で、老人は貧しくとも心豊かに、素朴に生き ている人々と出会う。以前に恋していたご主人の屋敷のお嬢さんにまで。
 ゆっくりと進む物語には、人々の心理の機微・緻密な自然描写が満ちている。本書を読む醍醐味は、その細部を愉しむところにあるだろう。裏庭、押し入れ、屋根裏部屋、倉庫など、秘密が息づく懐 かしい家の中を通して、他人にはよく見えるが自分には見えていない生の意味を探求する。著者が父親に捧げた作品だ。

●あらすじ

 ある日、古びた屋敷に、カン老人が帰ってきた。成功して大金持ちになった彼は、屋敷とそのあたり一帯の土地を自分のものにした。実は彼の頭の中には癌が育っている。そこで、余生は思い出の詰まった懐かしい場所で暮らそうと考えたのである。
 門は、まるで彼を待っていたとでもいうかのように開いた。ここには開発を免れた自然がまだ息づいている。裏庭には大きなケヤキの下にふかふかの椅子が、北側には太いブドウの木が長いトンネルをつくっていた。
 屋敷の近くのさくらんぼう峠には小さな雑貨屋が一軒ある。気のいい主人はカン老人の幼馴染だ。そこの広場で遊んでいる子どもたちを見ていると、カン老人の頭の中に昔のことが去来する。サンフンとい う子どもは生意気で勝気そうで、自分の小さい頃にそっくりだ。ピエールという子を自分の手下のように扱っている。峠はバスの発着所になっている。カン老人はバスに乗って楽器店へでかけ、ギターを買った。幼いころは貧しさゆえに楽器を習うことができなかったが、死ぬまでにどうしても弾きたい曲があるのだ。
 ときどきカン老人は倒れる。そういうときはミスター・パクと主治医のキム博士がすぐ助けてくれる。元気になって裏庭に出て行くと、勝手に出入りしている者たちと次々に出くわす。みんな、少しも悪びれない。そんな中に「ここの主人は私です」と主張する白髪の老女がいた。小さな畑を耕している。何と彼女は、昔カン老人が失恋したと思っていた屋敷のお嬢さんだった。今は認知症を患っているらしい。
 そんなある日、一通の手紙と一枚の写真が発見される。そこには父親と幼いころのカン老人が写っていた。屋敷の使用人だった父は、5歳のカン老人を養子に出した。戦後には似たような事情の人 が大勢いたのだ。ところで手紙の内容とは・・・?

●試訳 

 ユリが立ち止まった場所は、横から見るとまったく垣根そのものだった。白い花におおわれた垣根。犬くぐりなどではなかった。ぎっしり目の詰んだ木の枝のあいだに、板のようなものが嵌め込まれ、そこに把手まで取りつけてあるではないか。把手を横に引くと、ぽっかりと子ども一人が抜け出られるほどのすき間があいて、ユリは、なんなくそこを抜け出した。
 「ほぉっ、これは!」
 カン老人は歯を噛みしめ、その板を探った。それは、そこにただ嵌め込まれているものではなかった。イボタノキの枝にワイヤーで固定された、なかなかそれらしい門だった。長いこと固定されてきたのか、木の枝と区別がつかず、縦に嵌め込まれていて、ちょっと見には見破りにくい装置だった。把手を力いっぱい引くと、木の枝がアコーディオンの蛇腹のようにしわ寄り、すき間ができるというすぐれもの。
 「ほぉっ、なんとまぁ、用意周到に出入りしていたんだなぁ!」とつぜん、花のついた枝が揺れると、ふっくら香りが匂い立ってすき間がひらいた。そうして、ユリの顔がまた現れた。
 「はいっ」すき間からさっと突きだされた小さな手に、卵がひとつ。
 「お・く・り・も・の」、カン老人は思わずそれを受けとった。すると、手はすぐに引っ込んでいったが、門があまりにすばやく閉まったせいか、短い悲鳴が起こった。
                                                

●日本でのアピールポイント

 2014年4月、ロンドンのブックフェアには、韓国が主賓国として招待された。本書の著者であるファン・ソンミが「今日の作家」に選ばれ、本書も彼女の新作として紹介された。子を守るために闘う母なるものの強さ、自然界の非情さ激烈さを描いた『庭を出ためんどり』は、韓国の児童文学として日本でも多くの読者を獲得している。いっぽう本書では、人間に慰めを与え、救済する自然界の豊かさや穏やかさが描かれている。本書はシニアが主人公で、つらさ、痛みのあるストーリーを自然の柔軟さにそっと包んで贈る、大人のための童話のような作品だ。日本の物語好きのシニア層にぜひ読んでほしい。ほんのりと温かな挿絵も、また楽しい。

 

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著者:ファン・ソンミ(황선미)
1963年に忠清南道洪城で生まれる。繊細な心理描写と心温まる物語が人気の、韓国を代表する作家。童話と小説を行き来するような作風が特徴で、大人と子どもの両方が共感できる作品を多く書いている。2000年に出版された『庭を出ためんどり』はミリオンセラーを記録し、世界25カ国で翻訳、刊行されている。また、2011年に劇場用アニメ化された『庭を出ためんどり』は、アニメ部門で韓国最高の興行記録を打ち立てている。ほかに『風が住んでいるのっぽの家』『消えた彫刻』『わたしの青い自転車』『果樹園を占領せよ』『きみは誰?』などの作品がある。