●本書の概略
喫煙は肺がんを誘発する要因だから禁煙すべき。それが分かっていても禁煙できない人たちがいる。なぜか? 有害物質を扱う製造業や墜落の危険をともなう建設業の労働者たちにとって、タバコは劣悪な職場環境によるストレスを緩和する最も手軽なものだからだ。完全に社会と切り離されている人はいない。
個人的な要因によって発病したようにみえる病気も、「原因の原因」を追求すれば、その人が所属する共同体が誘発した病気なのだ。そうした社会的要因が取り除かれなければ、根本的な治療は難しい。不安定な雇用や過酷な環境、不当な解雇などにより心身を病む労働者や、正しい情報を知らされずに健康被害に遭う化学製品の消費者と工場周辺の住民たち、惨事から生還した後もメディアや市民からの言葉の暴力に心を痛めるセウォル号生存者と家族、市民の安全を守るために働きながら自分たちの安全を脅かされる消防士、無知による偏見に苦しみ、兵役免除のために経済的・肉体的・精神的に負担の大きな外科手術まで強いられる性的少数者…。
誰にとっても大切な心身の健康という切り口から、社会が抱える問題と国家が負うべき責任を平易な言葉で分かりやすく説明した一冊。
●目次
語れない傷、記憶する/病を誘う職場、ともに変えていくには/終わりと始まり、悲しみが道になるには/私たちは繋がることで健康になる存在
●日本でのアピールポイント
本人が認知していようといまいと、認知しようもない胎児だった頃のものも含めて、私たちの体は自分が受けた社会的暴力の影響を受けている。本書は、筆者が実際に調査したセウォル号の生存者や、性的少数者、突然の解雇・労災で心身を患う労働者、過酷な労働環境の中で疲弊する医療従事者や消防士と彼らが守っている市民の安全など、日本国内でも話題になったり問題となったりしている具体的な事例に関する調査データと解説、海外で行われた過去の研究結果も取り入れながら、一見すると個人の健康とは関係なさそうな歴史、政治、経済、国際情勢などが、疾病の根本的な原因になり得ることを教えてくれる。
常に社会的弱者に寄り添ってきた著者だからこその、柔らかで敷居の低い語り口や300頁というボリューム感は、一般読者でも一気に読み切れてしまうだけの軽やかさがあるものの、内容には重厚感もあり、充実した読後感を与えてくれる。今まであまり語られてこなかった健康という切り口から社会を見る本書の視線は、日本の読者にも新鮮で幅広い視野と教養を与えてくれるはずだ。
作成:渡辺麻土香