●本書の概略
本書は著者がソウル大で講義した「科学技術と大衆文化」をもとに書かれた人文書。
副題は「フランケンシュタインからAIまで、科学と大衆文化の魅惑的な出会い」であるが、科学と大衆文化とが「クロスする」(交流する)様々な事例について述べている。一見無関係に見える科学と大衆文化がもつそれぞれの現実と価値観が、実は密接な関係にあることを大衆文化の作品を通じて気づかせてくれる。取り上げられた大衆文化は小説、映画、アニメ、など巾広いジャンルにわたっている。
●目次
1部 大衆文化と科学のクロス-狂った科学者、スーパーウーマン科学者、傲慢な科学者
科学者のイメージ、狂人か変人か『フランケンシュタイン』、「博士の異常な愛情」: スーパーウーマンの科学者はいない『キューリー夫人』: エセ科学の長い歴史 『ガリバー旅行記』「キングコング」
2部 世界と科学のクロス_未来はユートピアかディストピアか
完璧なユートピアの後ろ姿『ユートピア』『ニュー・アトランティス』『顧みれば』: 見えないビッグブラザーがあなたを見ている『1984』『すばらしい新世界』
3部 人間と科学のクロス_ロボットと人間が共生する世界
優れた遺伝子だけが生き残る世界「オクジャ」「ガタカ」: サイボーグは人間か機械か「ロボコップ」「攻殻機動隊」「ブレード・ランナー」: ロボットの反乱、私たちの未来は?「R.U.R」「メトロポリス」「ニーア オートマタ」
4部 人文学と科学のクロス_科学の時代、思考の境界は消えた
モダンボーイの目に映る奇異な科学『小説家仇甫氏の一日』『血の涙』『京城遊覧記』: 宇宙がもたらす融合的世界『コスモス』「アビニョンの娘たち」「ブルーマーブル」
●日本でのアピールポイント
科学者と言えば、文学や映画などで表現される偏屈でマニアックな科学者たちのイメージが浮かんでくる。また、AIも予測不可能な不気味な存在として文芸作品に描かれる。科学者たちのリアルな姿、科学技術の意義を正しく理解するには、メディアが作り上げたイメージだけでなく、メディアを生んだ時代や社会的背景も含めて読み取る作業が必要となる。最近日本でも話題になった小説『フランケンシュタイン』については、作家メアリー・シェリーが生きた時代背景が述べられ、『キューリー夫人』の科学者としての真の姿も描かれている。
韓国では、1900年代にソウル(当時の京城)で初めて電気が開通した様子が小説やエッセイに登場し、最初は物珍しさから好意的に書かれていたが、後日電灯が神経症の原因になるという話や、電灯は植民地支配の産物で貧富の象徴だ、という話が出てくるようになったという。日本でも照明と精神的症状の関係が問題視されているが、本来中立的なはずの科学技術が、社会の中でどう意味づけられていくのか、著者の独特の目線から得るものは大きい。
作成:前田田鶴子