●本書の概略
食べ物なら食べれば満腹になるが、数字に満腹はない。今日の数学教育は数値化すべきではないものまで数値化し、貪欲で窮屈な世の中を作ってしまった。だが本来の数学は、山しか知らない子どもが想像できなくても海は存在するように、認知できなくても存在する完璧な美を追求する学問だ。仕方なく勉強させられる受験科目、ただ計算を重ねるだけの機械的な学問ではなく、人間の心の中にある観念的な美しさを具現化した、神や宇宙との架け橋となる魅力的な学問なのである。目の前にある現状の観察から始まる自然科学にはない、目には見えない完璧さ(イデア)の追求という豊かさ。本書は、つまらない学問という偏見をもたれるようになってしまった数学教育の現場に長く身を置きながら、数学の真の魅力を伝えてきた著者が、数学における歴史的な発見の解説をするとともに、日常生活の中で生かせる数学的発想などを平易な言葉で書き綴った書物である。ごく当たり前すぎて単純に暗記しかしてこなかった数学の定義の裏にある歴史と発明と神秘、そして数学的思考が教えてくれる情緒的豊かさと感動が綴られた本書は、幅広い読者の知的好奇心と感情をくすぐってくれるだろう。
●目次
1部 人生に数学が入ってくる瞬間―思索で解く数学
2部 心の中の観念が形を見出す瞬間―美で解く数学
3部 物事を見る視点が高まる瞬間―数学で解いていく社会
●日本でのアピールポイント
理科数学離れが叫ばれて久しい昨今だが、2000年以降は『博士の愛した数式』、『容疑者Xの献身』、『数学ガール』といった数学を扱う文学・映像作品がヒットを飛ばしている。これらの作品の中には文系の人なら思わずアレルギーを発症してしまいそうな難しい数学用語が登場するにも関わらず、多くの人たちから支持を得た。そこには想像の中でしか存在しない究極の美を追求する学問である数学を愛する人々の魅力が描かれていたからだろう。本書の著者も数学を愛し、韓国最高峰のソウル大学で教鞭をふるうほど数学を極めてきた人物であり、本文からは彼の純粋な数学への愛情が伝わってくる。河川の小石の角が取れて丸くなっていく様を数学的に考察しながら人生観を語り、巨大なアーチ型の建造物が崩れることなく遺跡として残る姿を見ながら、力の分散を計算しつつ歴史の重みを感じ、人間同士が痛みを分散することで築かれる美しい社会にも思いを馳せる。学歴や経済力を数値化する窮屈で空しい社会の現状に疑問を投げかけながら、数学の真の美しさを伝えようとする著者の言葉は、数学に苦手意識を持つ人々の心にも未知のときめきを与えてくれるだろう。
作成:渡辺麻土香