●本書の概略
LGBTQであることをカミングアウトしたキム・ボンゴンによる、同性愛をテーマにした短編集。灼熱の太陽、滴る汗、肉体にまつわるにおいの記憶、さまざまなシーンを彩るJ-POPなどが、永遠の刹那と愛憎を物語に刻みつけていく。
「カレッジ フォーク」 ルームメイトの元恋人に新しい彼氏ができたのをきっかけに韓国を飛び出した30歳の俺は、京都造形芸術大学に在学中の交換留学生。新たな出会いや恋愛は封印して小説の創作に没頭すると決めていたのだが、ある日、創作担当の江原教授の研究室に教授のSMプレイや痴態を印刷した写真、性癖を愚弄する紙が貼りつけられているのを発見する。江原教授への興味と、自分もこうなったらという恐怖の間で揺れる俺だが、結局は教授と肉体関係を持ち、情熱的な日々を過ごすようになる。だが、韓国へ戻る日はあっという間にやってきた。江原教授は自分の小説をプレゼントすると、なにも言わずに俺のもとを去る。帰国した部屋にも人の気配はない。ルームメイトの元恋人は就職するためにソウルを去ったのだ。俺は再び小説の創作に没頭するため、ひとりぼっちの部屋でノートパソコンを広げる。
「夏、スピード」 大手制作会社からの提案を蹴ってフリーの映画監督になる道を選んだ俺は、6年前にこっぴどく振られたはずのヨンウから連絡をもらう。再会の席でなんとかしてヨンウを口説こうとしていると、キャスティングは不可能だと思っていた俳優と明朝わずかな時間だが会えることになったと連絡が入る。明け方。酔ってたどり着いた川辺で泳いでいると、ヨンウは「当時、キミを好きじゃなかったことは認める。今日は友だちになってほしいと言いにきた」と無邪気に残酷な言葉を言い放つ。夜が明ける。俳優に会いに行かなければ。一度は服を着て歩き出した俺だったが、結局立ち止まる。この情熱の正体を確かめなくては。これが俺に与えられた役なのだ。川に戻った俺の目に、水の流れに合わせて夏のスピードで揺らめくヨンウが映っていた。
「Auto」 ソウルの大学院で創作を学ぶ俺は、年上の彼氏と柴犬のクマと同棲中。彼がはじめて「行ってきます」のキスをしてくれなかった日、帰宅した彼を不吉な予感に怯えながら出迎えると案の定、「もうお前のことは愛していない」と別れを切り出されてしまう。どうにかして関係を修復しようと試みるが彼の気持ちは変わらず、どうしても別れたくない俺は苦悩する……。という小説で新人賞やコンテストに応募していた俺は、なんと小説そっくりの展開で本当に振られてしまう。「カレッジ フォーク」の主人公が京都に留学するまでの回想録が日記の形で綴られている。
●目次
カレッジ フォーク
夏、スピード
ディスコ メランコリー
ラスト ラブソング
明るい部屋
Auto
●日本でのアピールポイント
すべての短編が(俺)という一人称の視点で描かれている。同性愛者である著者の脳内をそのまま文章化したようにも見える作風が印象的だった。ただ、主人公が刹那の愛や虚無、永遠を感じるまでの心の動きが卑猥なスラングを伴って描写される箇所が多く、罵倒語やスラングが韓国語に比べて貧弱な日本語で、どこまで原書のスピード感や臨場感を表現しきれるかが翻訳の重要な課題になると感じた。
日本に実在する地名や文学作品、歌手名、曲名(中島みゆき、槇原敬之など)が多く登場するので、そこから時代背景を想像しながら読むことができる。韓国語のスラングに「オカマ」と平仮名でルビがふられている箇所などもあり、こうした原書の面白さを邦訳でもうまく表現できれば、日本の読者が親しみやすい作品になるのではないだろうか。
作成:古川綾子