
11月9日、韓国文学の即売会&トークイベント「2019 K-BOOK FESTIVAL」が神保町・出版クラブビルで行われた。お昼過ぎに会場に着くと、フロアはすでに多くの人で賑わっている。韓国文学を刊行している出版社や、韓国関連書籍を専門とする出版社など19社が集まり、それぞれのブースにずらりと本が並ぶ。韓国からも3店舗の独立書店が参加し韓国の雑貨やカフェコーナーなど、書店以外のお店も充実していた。トークイベントの会場と本の売り場が一体となったホールには、様々な声が行き交い、まさにお祭り状態だった。
韓国文学といえば凝った装丁も魅力のひとつだが、今回のイベントでも、フライヤーや会場の装飾にしっかりとデザインが行き届いていたのが印象的だった。天井から吊るされた垂れ幕やバルーンがお祭りらしい楽しげな雰囲気を演出していた。
普段よく訪れる新大久保に比べると10代・20代が若干少なく感じたものの、来場者の年代に大きな偏りはないように見えた。あちこちで人々が挨拶をしたり談笑したりしていて、誰がお客さんで誰が出店者なのか判然としないほどに会場には熱気が満ちていた。個人的には、10年ほど前に初めて文学フリマを訪れた時に覚えた「ここにいる人は全員本が好きなのか……」という不思議な感慨を思い出した。
書店員さんによると、韓国語書籍もずいぶん売れたという。韓国語が読めない人にとっても、本国版の装丁や製本を手にとって確かめられる貴重な機会だ。東アジアでも国によって紙質や文字組みの仕方が違っていて、ぱらぱらめくるだけで楽しい。
トークイベントは、全部で5本開催された。トーク以外にも「K-文学レビューコンクール」の授賞式やクイズ大会など、さまざまな催しが開かれていた。いずれも盛況で、特に作家のイ・ミンギョンさん、イ・ギホさんのトークは立ち見もたくさん出るほど。売り場フロアとトーク会場が一緒なので、買い物しながらトークに耳を傾けるという楽しみ方もできる。
イ・ミンギョンさんのトークに聞き入る観客の様子が印象に残っている。文章からでも十分に熱量は伝わるけれど、肉声にはさらに背筋が伸びるような力強さがあった。この日のイベントで驚いたのが、韓国の登壇者のジョークに対して、通訳が入る前に多くの観客が笑うことだった。思った以上に、韓国語をダイレクトに理解できる人がたくさん参加しているらしい。日本に住む韓国人の方々にとっても、母国語に触れられる良い機会になっているのかもしれない。
この日のトリを飾ったイ・ギホさんのトークで印象的だったのは、「最近の韓国の文学賞候補者はほとんど女性(とゲイ)」という話。従来は男性が候補者のほとんどを占めていたのが、この数年で一気に変わったとのこと。韓国の変化の速さをここでも感じた。
トークの合間に、カフェブースで販売されていた韓国のきなこ餅とコーヒー。甘さ控えめで意外に合う。
今回の戦利品。『ソクラテスのいるサッカー部』(キム・ハウン著、崔真碩訳、彩流社)がたいへん面白かった。「はじめて読むじんぶん童話シリーズ」として、ほかにも『マザー・テレサのいる動物病院』(キム・ハウン著、藤原友代訳)や『シェイクスピアのいる文房具店』(シン・ヨンラン著、小栗章訳)などさまざまな人物がフィーチャーされているらしい。『中央駅』(キム・ヘジン著、生田美保訳、彩流社)や『韓国フェミニズムと私たち』(タバブックス編・刊)など、正式な発売日に先駆けて本を入手できるのもイベントならでは。
一日フル稼働のボランティアのみなさま(本当におつかれさまでした!)。初開催とは思えないスムーズな進行だったものの、改善点もいろいろ見つかったとのこと。
イベントを振り返ってみると、作家、翻訳者、編集者、書店、出版社、そして読者が、みんなでひとつの空間を作ろうという気概が会場に満ちていたのが印象的だった。
「ブーム」と言ってしまえば簡単だけれど、その裏側にはこつこつと根を張り準備していた方たちがいて、自然発生的に見える盛り上がりも実際にはそうした具体的な献身と努力に支えられているのだと改めて感じた。このイベントからも、次のうねりの下地になるような新たな繋がりが生まれたに違いない。
本のいいところは、ひとりになれるところだ。この日も、ふらっと会場に来て本を買って、誰とも喋らずに帰った人もたくさんいたはず。それでも、わざわざイベントに足を運んで本買うことには何か意味があるんじゃないかと思う。ひとりで本を読むことと、読んだ本を通じて多くの人とつながること。その間を埋めてくれるこのお祭りが、また来年もひらかれることを今から楽しみに待ちたい。
(文:松本友也)
プロフィール
- 松本友也(まつもと・ともや)
1992年生。都市文化批評誌「Rhetorica」で企画・ライティングを担当。
直近の仕事は、都市リサーチ報告書『ARTEFACT#02』(慶應アートセンター)、連載「韓国ポップカルチャー彷徨」(KAI-YOU Premium)、座談会「部室・棺桶・公共性」(『クイック・ジャパン 146』)など。
Twitter @matsutom0