詩集『空と風と星と詩』などで知られ、日本でも人気の詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ/1917~45)の文学館がソウル市内にあります。2012年にオープンし、ソウル市建築賞の大賞にも選ばれたことのある施設です。
文学館のある景福宮裏手の高台にはもともと、高地の家々に水道水を供給するための「水道加圧場」がありました。これが08年に役目を終えると、管轄する鍾路区は加圧場の管理室として使われていた空間を尹東柱文学館として11年に仮オープンします。かつて、その近くに小説家・金松(キム・ソン)の家があり、尹東柱は延禧専門学校(現・延世大学校)在学中、友人の鄭炳昱(チョン・ビョンウク)とともにそこで下宿していたというゆかりがあったからです。尹はそのころ、「星を数える夜」や「自画像」「もうひとつの故郷」など多くの詩を創作しました。
その文学館の改修を控えていたある日、大雨で山崩れが発生し、それまで地中に埋もれていた加圧場のコンクリート製水槽が偶然、姿を現したそうです。急きょ、その巨大な水槽を、詩「自画像」に登場する「井戸」に見立てて展示室として活用することとし、12年に正式にオープンしたのです。
文学館の入口横には、穏やかに微笑む彼の点描画と詩「新しい道」のパネルが展示されています。医科への進学を望む父親との意見の対立の末、延禧専門学校の文科に入学した後に書かれたもので、大きな希望や喜びが感じられます。
展示室は3つ。第1展示室には約27年という彼の短い生涯が、詩(直筆原稿の影印本)や写真とともに年代順に紹介されています。学生時代の学籍簿や、44年に治安維持法第5条違反(独立運動)の罪で懲役2年を言い渡された京都地方裁判所の判決文などもありました。読書家として知られた彼は故郷である龍井(現在の中華人民共和国吉林省延辺朝鮮族自治州)の家に、幅広い種類の本や雑誌を多く所蔵していたといいますが、その一部も展示されています。直筆の蔵書ラベルには、彼の几帳面な性格がにじみ出ていました。フロア中央には、龍井の家にあった木製井戸の模型が置かれ、それを囲む透明の保護板には詩「自画像」が書かれていました。
第1展示室の奥にある戸を開けると、高いコンクリートの壁に囲まれた空間が広がっています。山崩れで発見されたという水槽の天井部分を取り除いた第2展示室「開かれた井戸」です。頭上には四角く切り取られた青空が見えます。壁に残るシミに時の流れを感じました。
第2展示室の奥の戸の向こうが第3展示室「閉ざされた井戸」。水槽を原型のまま用いています。内部では真っ暗で、尹東柱が最期を迎えた福岡刑務所の暗く、冷たく、閉ざされた空間を連想させます。15分間隔で壁面に映し出される映像では、彼の人生や、友人たちから見た彼の人物像が紹介されていました。サッカーが得意だったこと、帽子のシワさえも嫌がるほどの几帳面な性格だったこと、手先が器用でミシンも上手だったことなどを聞くと、彼がいっそう身近に感じられました。同時に、満27歳という若さでこの世を去らねばならなかった彼の無念さが胸に迫りました。
尹東柱文学館そばの外階段を上っていくと、「詩人の丘」と名付けられた散策路があります。下宿生活をしていたころ、近くの二王山に登って詩作にふけっていたという彼に思いを馳せながら、静かに歩いてみるのもいいでしょう。代表作「序詩」が刻まれた石碑もありました。(文・写真/牧野美加)
尹東柱文学館
住所:ソウル市鍾路区彰義門路119
電話:02-2148-4175
利用時間:10~18時(入館は17時40分まで)
休館日:月曜日、1月1日、旧暦の正月・盆
入館料:無料
市内バス1020、7022、7212「紫霞門(チャハムン)コゲ、尹東柱文学館」停留所下車すぐ
HP https://www.jfac.or.kr/site/main/content/yoondj01
*第1展示室、第3展示室内の映像は撮影禁止