●本書の概略
第9回「若い作家賞」受賞作を収録した、今もっとも注目されている作家キム・セヒのデビュー作。
学生から社会人へ。恋人から夫婦へ。大人の階段を登るたびに感じるとまどい、ときめき、不安、恐怖。若者ならではの感情が実に瑞々しく、そして丁寧に描かれている。
表題作「穏やかな日々」
大学を卒業したギョンジンがはじめて入ったのはブログマーケティング会社だった。そこで「チェトルリー夫人」という架空の人物になりきってブログを運営し、広告を依頼してくる業者の商品をあたかも使ったかのように投稿する業務を担当することになる。同期の中でも断トツの知識と想像力、仕事に対する情熱が評価されていたギョンジンに、ある日、一通のメールが届く。差出人はチェトルリー夫人が投稿した加湿器の殺菌剤「ポソンイ」の被害者だと名乗り、ポソンイを使ったふりをしてブログにレビューを投稿したチェトルリー夫人の容体を案じる内容を送ってきたのだが……。
その他にも、融資を受けるために入籍を急いだカップルの水遊び、同棲をはじめたものの親に話せないでいる娘の顛末記など、恋愛、就職、結婚といった人性の関門をくぐり抜けていく社会人1年生たちの、穏やかな日々の裏に宿る悲哀を描いた全8篇の短編が収録されている。
●目次
それはなんて悲しい出来事なんだろう
目眩
穏やかな日々
ドリームチーム
私たちが水遊びに出かけたとき
浅い眠り
感情の練習
言葉とキス
作者あとがき
作品解説(シン・セッピョル)
●日本でのアピールポイント
人生の喜びであり、悲しみでもあるはずの人間関係で、「どうしていつも場の雰囲気を盛り上げようとしてしまうんだろう」、「どうして周囲が笑っていないと安心できないんだろう」と悩んだり。生きるエンジンであり、ブレーキでもあるはずの社会生活になじめなくて苦しんだり。穏やかな日々を手に入れようと奮闘する人びとの、陽気だけど切実な日常が観察日誌のように綴られた短編集。どの物語も淡々と進むが、見つめる視線には登場人物を慈しむような温かさが感じられる。本作での華々しいデビューから4ヵ月。先月に発表された長編小説『港の愛』も韓国では大人気。今後の更なる活躍が注目される。
作成:古川綾子