ブックレビュー:『外は夏』

「外は夏」とは、どういう意味だろう? 
短編集の場合、収録作の一編のタイトルが本全体のタイトルになることがよくある。しかし「外は夏」の収録作には「外は夏」というタイトルの短編はない。

 ここに収められた短編は主に、喪失をテーマにしている。中でも目立つのは、親しい人を亡くした人々の物語だ。たとえば、「立冬」の幼い子どもを亡くした夫婦。「ノ・チャンソンとエヴァン」の唯一の友を亡くしつつある子ども。「どこに行きたいのですか」の夫を亡くした妻。彼らは大事な存在を失う。しかし、たとえば一本の線で彼らの人生を表すことができるとして、彼らの喪失はその線の上の点ではない。大事な人が最後の息を引き取る瞬間という「点」はあるだろう。だがそれは主人公たちにとって、喪失という体験のはじまりにすぎない。愛する人が逝ってしまって、彼らの世界は変ってしまう。何かが、誰かが足りない世界。取り返しのつかない変容を遂げた世界。彼らは否応無くそれに慣れざるを得ない。けれどうまく慣れることができない。彼らの喪失は色を変えた線として彼らの人生を彩る。この本の最後に置かれた一編「どこに行きたいのですか」の最後、シンプルな、これ以上ないほど正直な一文は、彼らの喪失が今も続いているという証なのだ。

 「外は夏」というタイトルは、変わり果ててしまった彼らの世界とその外の世界の違和を示しているようだ。誰が失われ、それをどんなに嘆こうとも、彼らの世界が二度と元には戻らなくとも、外の世界は変らず回り続け、また夏がめぐりくるのだと、そう嘆いているようである。また、たとえ戻ってこない人がいても、時が経てば、あなたの痛みはなくなることがないにせよ、新しい季節に向かうことはできないでしょうかと問いかけているようでもある。

キム・エランは、上から見下ろすでも、遠くから眺めるでもなく、手が触れるくらいの近さに寄り添い見つめるようにして一つ一つの話を書いている。彼らの痛み、彼らの嘆き、どこに向かえばいいのかわからない、迷子になったような気持ち。それらをひどく丁寧に、読者に感じさせてくれる。また読みたい作家の一人である。

 

【著者・訳者】
著者:キム・エラン
韓国・仁川生まれ韓国芸術総合学校演劇院劇作科卒業。2002年に短編「ノックしない家」で第1回大山大学文学賞を受賞して作家デビューを果たす。2013年、本書収録作「沈黙の未来」が韓国で最も権威ある文学賞「李箱文学賞」を受賞。 邦訳作品に『どきどき僕の人生』(2013年、クオン)、『走れ、オヤジ殿』(2017年、晶文社)がある。

訳者:古川綾子
神田外語大学韓国学科卒業。延世大学教育大学院韓国語教育科修了。第10回韓国文学翻訳院翻訳新人賞受賞。神田外語大学非常勤講師

 

【書籍情報】
出版日 2019年6月19日/発行元 亜紀書房/ISBN 978-4750515939/定価 1700円

 

【 レビュー担当】
河出 真美
好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山 蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。2018年4月より世界文学・海外ミステリーも担当するようになりました。おすすめ本やイベント情報をつぶやくツイッターアカウント @umetsuta_yosho。#梅蔦世界文学 も御覧ください。