●概略
軽い認知症を患う老母を引き取り、男一人で介護をしてきた6年間の記録。本書は、出版評論家ハン・ギホが自身のブログにつづった日常を抜粋して書籍化したものである。母との暮らしを通して、息子として、長男として、父親としての立場から家族の役割を見つめなおし、仕事にかける情熱と家庭生活との間で揺れ動き悪戦苦闘するさまが描かれている。また、著者が介護生活の中で癒しを得たり自身を振り返るきっかけとなった本も随所に紹介されている。
●主な登場人物
父-朝鮮戦争勃発直後に過酷な軍隊生活で脚を痛め、長らく関節炎の薬を服用したところ大腸炎から脱肛を患い、手術は成功したが、退院したその日に倒れて死亡。
母-父の死後、関節炎の手術のため45日間入院したところ、気力・体力を失い、軽い痴呆の症状まで現れ、介護が必要に。
私-六人兄弟の長男。20年連れ添った妻と離婚して十数年、二人の娘はフランスに留学してしまい、独り身。出版関係の会社を二つ経営する傍ら、年老いた母の面倒を見る。
弟や妹たち
●あらすじ
介護日記1は、母を引き取って5ヵ月目から始まる。当初は記憶がはっきりしないことがあったが、延辺朝鮮族自治州出身で元内科医の介護ヘルパーのおかげで、大量に服用していた薬を減らすことができ、認知症はすでに影をひそめている。諸事情でヘルパーが辞めてからは、母が朝6時になると必ず起きて、炊飯器をセットするようになった。母はいつだって長男しか目にない。そんな心理を利用して、著者は母にできる家事を増やし、健康を回復させようと狙う。仕事のせいで家を空けるのが申し訳なく、帰り道に果物や魚を買って帰ったり、週末はなるべく母のそばにいようと心がけるが、忙しすぎる日々は延々と続き……
介護日記2から介護日記5では、忙しすぎる日常を暮らしながらも、母に寂しい思いをさせたくない気持ちと、本を通してよりよい世の中を作ろうという信念とのジレンマに悩む姿を描く。著者は「涙を流して剥くだけ剥いても結局何も残らないたまねぎ人生」と評しつつ、貧乏で苦労した子供時代、酒ばかり飲んでいた父、心に病を抱えた弟、別れた妻、学生運動で服役したときのことなどを振り返る。
●日本でのアピールポイント
世界一の長寿大国となって久しい日本だが、介護というといまだ暗くて辛いイメージがつきまとう。「介護疲れ」「虐待」とまではいかなくとも、介護のためには自分の仕事や生活を犠牲にしなければならないと考える人が多いだろう。しかし、著者は違う。ヘルパーなしでの自宅介護をしつつ、自分の夢も諦めない。もちろん、著者の母がある程度認知症を克服できたからこそ可能なことではあるが、何から何まで世話をして、寝たきり・寝かせきりにしてしまうのではなく、一人でもできるように助けることで、生活能力を奪わず、人としての尊厳を保てるようにしようという考え方は参考になる。「母を引き取ったことは人生でもっともすばらしい決断」と言い切る著者のように、介護生活の中で心を通わせ、介護者と被介護者のどちらもが人間らしい生活をすることが可能と分かれば、介護のイメージも変わってゆくであろう。